インターネットの俗人化は避けられない

Web理想主義

mubou.seesaa.net

例えば私は、かつて、「ある情報の価値は、「誰が発信したか」ではなく、その内容と信頼性で評価されるべきだ」と思っていた。

「情報の評価に際して、発信者の権威なんてものを勘案するべきではない」と思っていた。「だから、発信者の属性情報なしで様々な情報を発信出来るwebは、情報を公平に評価できる場所として理想的だ」と思っていた。「情報を評価するに当たって、発信者の属性情報なんて邪魔なだけだ」とすら思っていたのだ。
(中略)
ただ、現時点での話をすれば、私にとっての「web理想主義」はだいぶ揺らいでいる。ともすれば「いや、これは現実性のかけらもない理想だったんじゃないか?」と思ってしまいそうになる程だ。

今の私は、「誰が発信したか」は結局、情報の信頼性を判断する上で不可欠な要素なんじゃないか、と思い始めている。

“Web理想主義”は、Webという「必然的に情報が欠落する」「実存とつながらない」からこそ成立する。
何かを書き込むとき、書きこもうとしなければそれ以外の情報は記録されない。
アップロードされる恣意的・意図的に情報はコントロールができる。
だからどこの誰がどういう生き方をしてきたかと、どういう発言をするのかが必ずしも結びつかないのがこのWeb。
現実世界で、ニートであろうが、社長であろうが、その言葉の重さが等価になりえる。
そこで生まれた価値観が、しんざき氏言うところの「Web理想主義」だろうか。



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