「俺たちオジさん(オバさん)には今、歌う歌もなければ、聴く歌もない!」とそれに対する反応を読んで

“わかり易いキャッチコピーを駆使して音楽を語る音楽評論家”富澤一誠氏のエントリーが熱い。
俺たちオジさん(オバさん)には今、歌う歌もなければ、聴く歌もない!
http://bylines.news.yahoo.co.jp/tomisawaissei/20130216-00023503/


さっそく
青春時代を彷徨い続けるオジサンが大人の音楽を騙るなんて、ちゃんちゃらおかしい/シロクマの屑籠
http://d.hatena.ne.jp/p_shirokuma/20130220/p1
シロクマの屑籠も反応してた。
でも何か違うなー。
多くの人も同じ意見らしいので(シロクマ記事にくっついたぶコメを見てると)
自分なりに読んでみる。


原文で重要なのは

私たち団塊の世代を中軸にした〈Age Free 世代〉は60歳代に突入して、人生の新しい地平を切り開こうとしているが、底に流れている心情は青春時代とそれほど変わっていないはずだ。
それは、どうしたら自分らしく生きられるか、ということだ。
その中で悩み、傷つきながら懸命に生きている。
アーティストにしてもきっとそうだろう。
今、彼らが何を考え、どう生きようとしているのか?
それを私たちAge Free世代に向かって素直に歌って欲しいのだ。
彼らの歌を本気で聴きたいと思っている私たちがいる。
そんな私たちがいて、彼らが私たちに向かって心を開いてくれたら、30年程前のあの〈熱狂〉は再び取り戻せるはずだ。

この部分。
この文脈での「アーティストにしてもきっとそうだろう」は同時代性を持つアーティストを指すだろう。


富澤氏が言いたいのは、富澤氏を含む自分たちAgeFree(実年齢は歳をとっても中身はステヤンだぜ)と定義する60代前後の世代が若い頃に聴いていたミュージシャン(吉田拓郎井上陽水南こうせつ?)に対して

アーティストにしてもきっとそうだろう。
今、彼らが何を考え、どう生きようとしているのか?
それを私たちAge Free世代に向かって素直に歌って欲しいのだ。

「今」「彼ら(ミュージシャン)」と書いているんだから、「Age Free世代のミュージシャンよ、今の年齢なりに歌ってくれ。昔の曲をこすってばっかりいるんじゃなく新しく歌える歌をくれ。まだまだおれたちは若いんだ!」
ってとこが言いたかったんだろう。
だって今どきのポップソングやロックには同時代性を感じられないんだもの。
...当たり前だ。


ところがシロクマ先生含め皆が

富澤さん、他の世代の音楽があなたの心に響かないのは、あなたが歳を取ったからじゃないんですか。その事実を否認し、フォークソング以降のミュージックシーン全般に対して「心を歌っていない」などと言うのは、違うでしょう。あなたより若い世代も、自分達の青春をそれぞれ歌に託して、それぞれの時代と音楽をかけがえなく思っている

http://d.hatena.ne.jp/p_shirokuma/20130220/p1


と思っちゃった。
しかし富澤氏は「最近の歌は心を歌っていない」なんて書いていない。
私には“歌”として聴こえてこないのだ

つまり自分のパラダイムで最近の曲(AKB48、嵐などジャニーズ系、K-POP勢?)判断できないと最初に定義している。
今、私たちには“共感”できる歌が少ない

そりゃあそうだろう。
同じ世界で生きていても存在するパラダイムが違う。


昔っから伝統芸能のように言われてる「若い子の曲は歌詞が全然わからん」ってバイアスのかかりまくった持論を展開してるってだけで「近頃の若いもんはまったく、ワシらの若い頃はなぁ...」ってヂヂイの長話なんだから「はいはいそうですね」って聞いてあげれば先に老衰でもなんでも死んじゃうんだから温かく見守ってあげればそれでいい。
なんかこの前のTogetterのミソジニーうんぬんを思い出したw


だが、あのときの〈衝撃〉が現在の歌には残念ながら感じられない。
今、私たちには“共感”できる歌が少ない。
私たちのために歌ってくれないからだ。
いや、アーティストが彼らの心情を素直に表現してくれないからだと言った方がいいかもしれない

うん。
そりゃ「私たちのために」今、歌われてる歌は少ないだろう。


同時代性のある歌手たちが今の時代に「彼らの心情を素直に表現してくれない」と言っている。
今のAKBや~に「俺らの心に響かないんじゃ!俺らの時代の歌の方が上等なんじゃ!!」って言っている訳では無いんだが、

ところが、件の音楽評論家は、カウンターカルチャーたるフォークを、他のカウンターカルチャー・他の世代の若者文化と並べたうえで、自分達の音楽だけが「大人の音楽」だと主張しているのである

http://d.hatena.ne.jp/p_shirokuma/20130220/p1


と糾弾している。
でも、そういう主張ではない。
なぜかシロクマ先生は
「自分達の音楽だけが心に響く音楽」などと言わないで頂きたい

http://d.hatena.ne.jp/p_shirokuma/20130220/p1


と書いてしまっているがそんなことはどこにも書いていない。
「自分たちAgeFreeの歌って素晴らしいだろ?今どきの歌なんてくだらねぇ」なんて上下を付けて書いてない。
理解が出来ない、響かないと書いてあるだけの話。
もし書いているとするならば
〈演歌・歌謡曲〉でもない。〈Jポップ〉でもない。
良質な“大人の音楽”を〈Age Free Music〉と名づけて私は提唱している。
(中略)
歌のスタイルはかつてのフォーク一辺倒の時代から、ロック、ポップス、ダンス・ミュージック、ヒップホップなどと多様化したが、そんな中で歌は、一口で言うなら“たかが音楽”になってしまった。
でも、それは「歌は歌としての“純粋性”を取り戻した」というパラドックスでもある
(中略)
いくら音楽性があったとしても、内容の希薄な歌が本当に歌なのか、と

ここの部分だ。
富澤氏のイメージする〈Age Free Music〉は
歌としての“純粋性”を持たない(つまりプロテストソングなど社会性やメッセージ性の強い)同時代性のある歌手らが歌う「俺らは年齢なんて関係ないぜ、まだまだ若いぜ、社会に訴えていくぜしぇけなべいべぇ」っていう歌ってだけの事じゃないかな。
こんな叩き記事になるまで書いてないと思うが。
富澤氏が怪盗少女を聴いて「内容が重厚だ!衝撃がある!俺たちの時代の歌だ!!」って思ったらよほど勘違いだろう。
窓の外ではリンゴ売り~♪声を枯らしてリンゴ売り~♪


この手のいつの時代も「自分らのパラダイムが絶対的な価値観のままで叫んじゃう人」ってのは確かに外から見ると寒々しい。
こういう人ってのは「Age Free Music」だの「すてやん」だの言っちゃうのかw
そーいうフレーズが既にずれてるパラダイムに居るって言う自覚が無いんだろう。

Hey ! Stay young and invincible !
よぉ!若くて無敵なままでいろよ
cos we know just what we are
だって俺たちは自分たちが何者なのか解ってる
And come what may we're unstoppable
何が来ても俺たちは立ち止まらないぜ
cos we know just what we are
だって俺たちは自分たちが何者なのか解ってるんだから

Stay Young/OASIS


※ちなみに「ウチのエントリーが凄いんじゃー!」とか言ってる訳では無く、読み取り方が違うってだけなんで、悪しからず