「Facebookで着飾り、Twitterで承認欲求を満たす日本人」を読んで理解できなかった話

Facebookで着飾り、Twitterで承認欲求を満たす日本人/あころぐ

ホッテントリしてる。
本来なら破棄するべき文章だが以下、書き始めたので敢えてアップする。

以降は、さまざまなTwitterFacebookのアカウントを運用したり、ページ管理をしたりして行き着いた考察です。
あらかじめまとめておくと、Facebookは「社会人」、Twitterは「仲間」、mixiは「学校」という、サービス内の雰囲気をこのような代名詞に置き換えられると考えます。こう置き換えると、インタレストグラフと呼ばれるものがTwitterで一番機能しやすいのがすっきりはっきりするかと。

インタレストグラフ(関心相関図)という単語が出てきているので、それを念頭に置いた視点で書かれている、という事でしょうか。
ツイッターとファイスブックを比較してそこに日本人の国民性なんかを論じたりしてる訳では無いってとこでしょう(多分)。

インタレストグラフで言えばアカウント(ノード)とそれを結ぶフォロー・リフォロー(エッジ)で可視化された構造。
その中に流れてくるツイートに対してRTで拡散したり、お気に入りとしてFavstarを付けたり(ふぁぼる)する。
そのツイート(ノード)のRTやふぁぼ等の活動(エッジ)の傾向からインタレストグラフが形成される。
それは前提としてわかる。
だからその後に「ウケる」という単語が頻出するんだと思う。
だが判らない。


よく判らない


実は朝の6時に読んで、未だに読んでるけど、今ひとつしっくり来ない。
その間にもはてブがどんどん増えて行ってるw(最初10だったし、新着だったし)
わかったふりでそれっぽいブコメしたり、RTしても良いんだが何かしっくりこない。
何が原因だろう。
判らなかったので、元ネタになったと思しき@aco220さんのツイートまで辿ったw




この辺りの感覚の違いか。
自分の場合、フォロワーに「Twitterで知り合って」始まった人間関係は無い。
まずそこで見えている風景が違う。

ツイッターの場合、フォローするアカウントによってTLの風景ががらりと変わる。Tumblrのダッシュボードと同じ。
自分の場合、あまり個人的な事はツイートしないし、だから「装飾的に利用」という概念が今ひとつピンと来ない。
一元的に一つの物差しで語れるものではないし、感覚的な意見はあくまで自分の観測の中での私見に留まるだろう。

ところがそこにインタレストグラフを前提として挙げた。
「装飾的に」使用するSNSの利用、Facebookとツイッターでの差異、「ふぁぼ」によるノードとエッジを「ウケる」を軸に語ろうとしているので文章の構造自体が捻じれているように思える。そこは分離した方が良いように思えるんだが「感覚的」と書いてるのがその辺りの混在っぷりに現れてるか。
判らない原因はその辺りっぽい。

SEOならまだしも、ふぁぼやRTに価値を見出していない自分のようなアカウントもある。
ブログでのアクセス増加は嬉しいけれどw
所詮ツイートが読まれてもそれだけの話。
「フォロワー5人だと...ゴミめ」
と言われても別に構いはしない。


こんなに読んでも今ひとつわからないのにブクマの数が凄い。
皆さん判るのか...判らないのはオレだけか(アタマワルイカラナー)
読解力の無さが露呈してしまった。
仕方ない。


整理


こっからは自分で書こうとも思わない長い道のりだが、もし自分で書くのなら

まずツイッタラーを
・実名
・非実名
に別け、更にそれぞれの
・書き手
・読み手
2つの視点(感覚)に別ける。

そしてツイートを
・ツイート(感覚・行動)
・メンション(対象→知人・SNSのみ・一見さん)
・ふぁぼ(お気に入り・リスト管理・承認欲求)
・公式RT
・非公式RT
・パクリツイート
に別けて、
それぞれ書き手側と読み手側で別ける。
前提条件として行動に比例する承認欲求の影響を定義。
その上で各ノードでの「ウケる」(各ふぁぼ・RT)事に関する視点が入りインタレストグラフに移る...。

先ほども書いたがツイッターはフォロワーによって風景が変わる。
つまりそれだけ入り組んだ要素の上に構築されるという事になる。
一元的に語るのは難しいから、要素として別ける方が良いだろう。

このくらいの感覚とか定義とかが一気に「がばっ」とひとまとめなので
「それっぽい文章だけど....ん?」
って感想になってしまった。


つまり「焦点はどこだろう」と言う部分と「前提条件」が漠然としすぎていてイメージが絞りきれない。


試案


※注 ここからは、さっき自分で書いたのに挫折した文章になる。
まず「ウケる」という概念を書き手と読み手主体に別けて考えてみる。

読み手にとって「ウケる」は、TLに流れてきたツイートをRTしたりふぁぼ(Favstar)ったりする事を指す。
ただふぁぼ(Favstar)付けても自分の承認欲求には影響しない。
読み手がふぁぼるのは文字通り「気に入った」という感情ベースの行動、もしくは「覚えておきたい」「メモしておこう」といった「お気に入りリストでのツイート管理」と言う機能面も追従した側面もあるだろう。

RTの場合、承認欲求を満たす場合もある。
自分が気に入ったツイートをRTして、自分がその意見に追従している態度を表明する。
そのツイートが読まれ、自分への関心になる。コメントを付ける事で自分の意見がそこに加わる。
これははてブの構造にも近い。
元記事で言えば「自分が何かと関わっていることをアピールできるもの」「自分発信のようにすると都合の良さそうなもの」「自分が相手のアカウントと関わっている証拠としてのRTや自分の意思のようにすり替えたRT」などになるか。


とはいえ元記事の「ウケる」のニュアンスだと概ね書き手の視点が感じられるので、書き手への思考に移る。

では具体的に何がウケるか。
それは、相手に親近感を感じさせる発言、自分が何かと関わっていることをアピールできるもの、このあたりだと感じています。
Twitterは構造的に、良くも悪くも具体的なレスポンスをしやすい仕組みとなっているので「かまってもらっている」感を、承認欲求を、満たすまでの時間が短い。
まあ構造的に、寂しがりホイホイなわけです

この記事を解体すると
・ウケる=>「相手(フォロワー)に親近感を感じさせる発言」
      「自分が何かと関わっていることをアピールできるもの」
・承認欲求(誰かに構ってもらっている感覚)を満たす=>レスポンスの短さ

こんなところか

ツイッターは実名・匿名でも随分と変わる。
ツイッターでのフォロワーは匿名・非匿名が混在しているし、拡散力も違う。
フォローする相手でがらりとTLが変わる。Tumblrのダッシュボードも同じ。
非フォローは傾向としてコントロールは出来ても、基本は無作為なのだから承認欲求を満たす対象として

※以上で挫折した(恥)

まとめ


ご本人も「加筆訂正」されるとの事ですし、私見だろうし、感覚的に書かれたと思うので突っ込んでも仕方ないですが、自分的にははてぶしたり☆つけたりするには少し破綻が過ぎてしんどかったです。
考察自体は面白いと思いました。
自分の興味がそもそもの「承認欲求とは言えふぁぼキ○ガイのような感覚に対する疑問」だったりするのでその先にある「ウケる」から話が始まっても前提条件の曖昧さが気になってしまって仕方ないと言うのもある。フェイスブックやってないし、比較論は判らないしなー。
疲れたので、この辺りで。
長かった。
....うっ。