「RSSリーダーが時代遅れ」と書かれていたのに対して随分と見当ハズレだと言う記事を書いたら誤読だと指摘を受けたので確認してみた


あら大変。
他の人の記事とか、小説とか読んで感想とか書いてるウチのブログが誤読だなんて。
大変申し訳ない、もし勝手な解釈で書いてるならデマ行為と相違ない。
それは自己言及、徹底検証せねば。
という趣旨の記事。以下。


自己言及


RSSリーダーが時代遅れとか言ってるけど、自分が使いきれてない事を時代のせいにするなよ
http://azanaerunawano5to4.hatenablog.com/entry/2013/03/14/151031
「誤読という指摘を受けての検証」
として記事【そのいち】より記事を自己言及していく。


ところが「もうRSSリーダーなんていらねぇんじゃね?」って発言もある。
Googleリーダー利用者は時代遅れ。勇気を持って新しいスタイルを模索するべき
http://yorikanekeiichi.com/google-reader-is-obsolete-2173.html
時代遅れですかねw

タイトルに対する反応→Googleリーダー利用者は時代遅れ
Googleリーダー利用者→という呼称→特定の使用者か?→否
熱狂的な使用者か→否
Googleリーダー利用者は時代遅れ→Googleリーダー利用者全てにかかる

(引用部略)

まずポスティングチラシは自分が望んで投函してもらっている訳じゃない。
誰かが勝手に入れるから見ないで捨ててるだけだよ。。
なんで勝手に投げ入れられてるのに「有益な情報がないか」探すんだ?
例えば自分で読売新聞と朝日新聞と日経と赤旗をとってるやつがいたとして、
それが
「もう読み切れない!」
って新聞を投げ捨ててたらそれは完全におかしい奴だけどw
なら購読を止めりゃあ良い。
ポスティングチラシと一緒にする意味が判らない。

Googleリーダーからポスティングチラシ比喩に対する批判→
ポスティングチラシ→受動的に受け取らされてしまうもの→スパムと変わらない
新聞→能動的に受け取るもの
RSS情報→フィードを設定し能動的に受け取るモノ

この比喩部分は問題ないだろう。
どう読み替えても原文がおかしい。
可能性として、チラシ屋さんの事を指しているなら誤読かも知れない。


まぁ、多分(比喩がズレてるんですが)これって
RSSリーダーが溢れて仕方ない人の意見」
ですよね。
読み切れないくらい登録して仕方なしに
「全部既読にする」
をクリックしている人。
新聞購読しまくって読み切れずに投げ捨ててる頭のおかしい人。

どうしてRSSリーダーが溢れて仕方ない人の意見」という表現になったか?
多分と言う推測はつけているが指摘部を原文から引用する

情報量が増えすぎてしまうと、どうなるか。次々に自宅に投函されてくるポスティングチラシを想像してください。
大半は内容を確認もせずに捨ててしまう結果になるわけです。
もし、膨大な量のポスティングチラシを、1枚1枚チェックして、「有益な情報がないか」探す人がいたらどうでしょうか?

“情報量が増えすぎてしまったら”“膨大な量のポスティングチラシ”RSS情報の比喩表現だと仮定する
(但しこの場合、ポスティングチラシでは比喩表現として誤りであり、理解する為にあえて新聞として比喩しなおしている)
“1枚1枚チェックして、「有益な情報がないか」探す”
つまりフィードで来る情報を全て確認することを指していると推測。
通常のRSSリーダー利用を想定すれば
自分が読みたいフィードを登録
→登録したブログなどで毎日、数週間、数か月に一度の更新があり、それがRSSとしてリーダーのTLに表示される。
これがRSSリーダーの使い方。

ところがこの元記事では
“情報量が増えすぎてしまったら”“膨大な量のポスティングチラシ”
と言っている。
では少なくともウチのように一晩で数百程度の更新情報ではないんだろう(サムネイル表示で読まない記事も多い)
連日、RSSを消化しているウチでは情報が“膨大”になる事はまずない
“情報量が増えすぎてしまったら”“膨大な量のポスティングチラシ”
と言う事なので数千、数万の未読RSSがあると仮定する。
で、山のような未読を前にして人間はどうするか。
A.見なかったことにする
B.アカウントごと抹消する
C.既読ボタンを押す



誤読サイト(このブログ)の指摘が
全て既読にするボタンばかり使ってるだとか、使いこなせていないとか、一体どこから(; ̄ェ ̄)

何を誤解しているのか判らないけれどこちらはブログを読んで
次々に自宅に投函されてくるポスティングチラシを想像してください。

と言われたから想像したまでの話。
そして膨大なポスティングチラシを一枚一枚確認して情報を探すような奇特な人→RSSリーダーを使えず未読を溜めこんでいく人、という風に仮定した。


「この記事を書いた人って」
などとは一言も言ってない。もし言及先記事に
「自分はこうなので~」
と書いてあるなら
「この記事の主は」
と記載するかも知れないが、
「まぁ、多分(比喩がズレてるんですが)これって「RSSリーダーが溢れて仕方ない人の意見」ですよね。」
これっては
引用記事内での比喩表現に対しての“これ”でしかない。
引用部での比喩表現“奇特な人”を“想像してください”の結果でしかない。

「ブログ主がRSSリーダーを使いこなせていないし、既読ボタン押しまくってる」
なんてどこにも書いた覚えはない。


後の部分は省略します。
ここからは記事の「例えば」から始まった「RSSリーダーの使用者は時代遅れだ」を自分に当てはめ、該当しないことを論証している。
果たして記事を読んでツイートしてるのか?記事を書いてるのか?


情報発信と誤読の責任




自分の使い方の正当化。
どこにあるんだろうか。
当てはまらないとは書いてる。この記事の比喩表現はおかしいとは書いた。
しかし自分の使い方が正しいなんて書いてる?どこ??
他のキュレーションでは集まらないニッチな情報を集めるのに使ってますけどね。
他にも使い方はあるだろう

と書いてある。
つか、使いたくなきゃ文句言わずに使わなきゃ良いだけなんで

自分の意見の正当化?読んで言ってるのか?
よく判らない。



Tweetで
「反対意見を目にすると自分のことだと思っちゃう病」
が流れているけれど、この文脈だとウチの事を指してるのかな(続けてのツイートだったので。もし違うなら大変すみません)。


それにしてもこの言及先ブログって
“ソーシャルグッドな人たちの情報発信ノウハウ”
を謳ってる。

例えば、とある人物がこのソーシャルグッドなブログ主のライフハック記事を肯定的に捉えて
「ボクもそう思います。ボクの実体験と一緒です」「このライフハック良いですね、実践します」
って答えが返って来たら
「その通りです。書いた甲斐があった」
とでも言うんでしょう?

ところが批判が来ると
「誤読だ。別に誰かを攻撃なんかしてない」「何にも読まずに文句言ってる。誤読だ」「被害者意識持ち過ぎだろ、病気」
と言い出す。

いや、あなたが率先して人に向けて記事を書いて情報発信してんだよね?
誰かがあなたの記事を読んで
「これはいい事言ってる!」
っていう肯定的な反応なら認めて、批判的なら
「誤読して自分の事って思っちゃう病気だよねー、一億総ツッコミ社会だねー」
っていうの?
そのダブスタにすら気づかないで「情報発信」だとか言ってる。


情報を発信する事ってなんだろう?
情報を発信する→ブログを書く→それが自分の意図しない形で読まれる。
だとしたらそれは誤読では無くて誤記載ですよね?
あるいは言葉が足りない、何かが間違っている。

それとも意図しない風に読んだ責任は読者にあるって事で良いですか??

「オレが書いた意図を理解しないのはお前が悪い」
それで良いですか?????
誤読って言うのはそういう事ですよ?(それ以前に言及先記事は、そもそも比喩が間違っている)

同じような事を語っても高い評価を受けているブログもある。
それがこのソーシャルグッドなブログが、低い評価なのは何故か?って自分に問いかけた方が良いんじゃないか?
まず他人に
「誤読だ、読解力がねぇのか?!被害者意識持ち過ぎだろ?!!」
って批判する前によ。


RSSフィードを1/10以下にしても困らない私的理由
http://yorikanekeiichi.com/departure-from-the-rss-reader-2247.html
この新しい記事から引用する。
このソーシャルグッドな情報発信ノウハウを提唱する主は、

けっこう反発もあって、おもしろいことになりました。
いろいろな意見がありましたけど、根底には「情報通な俺」というアイデンティティを失いたくない人たちの拒絶反応があるように感じました。
なぜなら、記事では、職業上の都合など必要があってRSSリーダーを利用するケースは肯定しています。
単に「本当に自分にとって必要なのか自問してみるいい機会では」と問いかけているだけですが、「必要な人もいるんだよ」という的外れな反応が多く返ってきたからです
(記事を読めばわかるとおり、必要なら特に言うことはないんですよね)。
論外なんですけど、時代遅れだと信じようとしない人もいました。

...もう無茶苦茶なんだけど気づいてないらしい。
読んでないと言われるとイヤなので一行一行、

>1.いろいろな意見がありましたけど、根底には「情報通な俺」というアイデンティティを失いたくない人たちの拒絶反応があるように感じました
GoogleリーダーRSSリーダーは(一緒くたにしたく無いけどこの人が一緒くたで語ってるから仕方無いんですよ...)「情報通な俺」というアイデンティティを堅持する為のモノ→それへの反発的意見

>2.なぜなら、記事では、職業上の都合など必要があってRSSリーダーを利用するケースは肯定しています。
業務でのRSSリーダー使用は肯定している→私的な使用には懐疑的

>3.単に「本当に自分にとって必要なのか自問してみるいい機会では」と問いかけているだけですが、「必要な人もいるんだよ」という的外れな反応が多く返ってきたからです
RSSリーダーが必要か自問してみなさいと言っているだけ→RSSリーダーは必要なんだと言う意見(的ハズレ)

>4.(記事を読めばわかるとおり、必要なら特に言うことはないんですよね)。
......読んで解らないからこんな事になってるんだがww
1行目では、RSSリーダーの使用者→「情報通な俺」を堅持する勘違い→つまり過去記事で言えば“奇特な人”という揶揄をし、
2行目では、業務上仕方無しの使用は認め*1...つまり他は否定していると言い、なのに
3行目では、「RSSリーダーが必要か自問してみなさいと言っているだけだ」と言い切る。
1行目と2行目が既に「RSSリーダーが必要か自問してみなさいと言っているだけ」じゃないんだよw
まとめを見てみようか

情報爆発の時代には、「一つ残らずチェックする」という選択肢はバカバカしい

バカバカしいことをあえてする必要がある職業の人と、なぜかバカバカしいことを続けている人たちが手段を失う。
代替リーダーもいつまで続くかわからない

Googleリーダー利用者は少数派だが、手段を失う影響は大きい。なぜなら情報拡散の起点、インフルエンサーが含まれているから

メディアはインフルエンサーと繋がる戦略を本気で考えなければいけない

中短期的にはソーシャルメディア。Twitterが有望。Twitterリストの利用頻度は増す

一方、情報収集側では、ビビって代替手段を探す人が多いが、基本的に時代錯誤

本当に全部チェックする必要があるのか、自問自答すべき。新しいスタイルを見つけられたらほうが格好いい(主観)


「本当に必要なのか自問してみるいい機会では」と問いかけているだけです
と言い、もう一方で
「一方、情報収集側では、ビビって代替手段を探す人が多いが、基本的に時代錯誤」
「バカバカしいことをあえてする必要がある職業の人と、なぜかバカバカしいことを続けている人たちが手段を失う」
と言っちゃう。
「時代錯誤」「時代遅れ」「奇特な人」「なぜかバカバカしいことを続けている人たち」
これだけ揶揄表現を使っておいた上で、
「問いかけているだけです」
素晴らしい問いかけだわ。
他の記事では
頭ごなしに叱らず、相手の言い分と、結果に至った経緯を理解しようと努力する

などと言っているのにね*2
RSSリーダー利用者は「時代錯誤」「時代遅れ」「奇特な人」「なぜかバカバカしいことを続けている人たち」だと仰る。
時代錯誤と言わずRSSリーダーを使っている人に理解を示せないかね?

呆れ返ってもう何も言えません。ギブアップです。
関わり合いにはなりたく無いなぁ、もう。。無茶苦茶だもの。
これで月間10万pvですか。。。。

新しいスタイルを見つけられたらほうが格好いい(主観)

お見それしました。


...なんかイケダハヤト的な質感だな、こいつの文章って。
まぁ、あっちの方が振り切れてて解りやすいけど。

それではソーシャルグッドな良い日々をお過ごしください(不毛すぎて疲れた)

世の中にはな ふたつのものしかないっ
役に立つものと
これから役に立つかもしれないものだ
なくしてしまったものを
あれは役に立たなかったってことは言えるけど
それは所詮狐の葡萄
だから簡単に捨てちゃいけないんだ
でも役に立たないと諦めたら
それでは捨ててしまうのと何も変わらないだろ
私は自分のやることに自信を持ってるつもりだよ

竜の学校は山の上/九井諒子


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九井 諒子

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*1:業務に関してはとか、何様だよw 自由に使うわ

*2:http://yorikanekeiichi.com/tips-to-build-a-relationship-of-trust-1308.html