『非モテ』は死なず。ただ消え去るのみ

非モテ」はなぜ死んだのか
http://republic1963.hatenablog.com/entry/2013/03/31/154506
面白い考察ですね。

今でもたまに見ますが、オタク評論や地方評論では、いまだに5~10年ぐらい前のオタク像、地方像で語っている人たちが中にはいますが、そういう人たちは自分の中のイメージが更新されない限りずっと同じイメージで語り続けます。よって恥ずかしい。なので、それ自体は至極普通なのですが、非モテの場合、このタイムラグによって、非モテの「敵」概念が陳腐化してしまったのが非モテが死んだ一番の理由なのではないのでしょうか。

情報の流れ方が変わったっていうのもあると思う。
以前のネットの主流はホームページとかストック型の情報だった。それがTwitterとかのリアルタイム性のあるフロー型に移行した。
別に非モテが死に絶えた訳じゃなし、言及されないのは言及対象としてのリアルタイムなテクストが流れ去るっていうのもあると思う。
ツイッターで非モテを叫んでも一分後には遥かTLの彼方。

概念としては以前に書いた事があるんだけど、一般にリア充と言われる『充実し満ち足りた現実を生きる人々』もネットに住み着き始めたというのもあるだろう。
そういう彼らは自分たちの仕事や時間の効率化を謳い、美味しいお店のリポートをfacebookやブログに載せて承認欲求を得る。
ヲタやマイノリティが跋扈したあのインターネットは何処かに消え、明るく健全に様々な混雑する文化圏が出来上がった。


非モテの死について語られる時、その多くは論者の「成長」、つまり「いつまでもそんな学生みたいな事を言ってられなくなった」という事が挙げられていますが、より正確にいえば「学生時代の思い出が陳腐化した」というべきです。

そして現実世界での結婚や恋愛に対する請求心の低下も挙げられると思う。
本能的に確かにモテたい。
しかし言語化できないその『モテ』に対する盲目的な信奉心と共に、諦観にも似た現実にモテたなくてもいいと思う気持ちも増加したんじゃないかと思う。

2012年12月13日(木) 週刊現代
この国はいったいどうなってしまうのか未婚率と離婚率が急上昇 2030年みーんな一人暮らし日本から家族が消えてなくなる
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/34297
漠然としたモテの先には結婚があるだろう。
だがその結婚に対して夢がなく、経済的にも自分の分は確保できても女性に使うほどの余裕は無い。趣味につぎ込み消えて行く金は膨大で、趣味や文化的な行為で充実感は満たされ、モテるなんていう幻想を追うまでも無い。
モテという概念を陳腐と感じてしまうほどに現実は伴わず、そして魅力も無い。
非モテの仮想敵は当然モテだ。
しかしモテの魅力が落ちてしまった。
そして承認欲求を仮想空間で満たした非モテはリア充らへの呪詛を唱える事なく過ごしている。
状況がそれほど変わったわけでも、非モテは変わらず非モテなんだろうが。


え?他人事みたいだって?
...リア充爆発しろっ!