鑑賞技術を高める素人のための作品鑑賞テクニック

絶賛風邪引き中なので中身の詰めの甘さはご容赦のほどを。
普段から文章は甘いですけど(げほげほ)折角なんで言い訳してみる。


機動戦士ガンダム第一話を例に学ぶ、創作技術を高める作品鑑賞テクニック
http://kindou.info/11859.html
を読んだ。

うーん。
まぁ、基礎なので良いのではないかな、と。
偉そうに言っても作劇しないですけど(笑)
ガンダムの一話がよく出来てるのは物語として主人公への動機付けが観客にわかりやすく、そこまでの道のりの簡略化が適度で、しかも作品全体の大まかなテーマも入ってるってとこですよね。
そしてロボットマンガらしく主人公も、主人公のロボットも、敵ロボットも出てきて、かつ戦闘シーンも入ってる。
戦争の悲惨さ、逃げ惑う市民と軍人、大人と子供、主人公らが生きる世界。


あとは各キャラクターのディテールを削って
「このキャラクターは何のためにここに存在するか」
という存在理由にまでミニマルにそぎ落としてやると、話の構造がわかりやすくなる。
なんの役割か、何に影響を与えるか、その結果どういう展開になるのか。
押井守監督言うところの
「構造的に必要な要素で構成されているか、無駄な要素はないか」
ってやつですね。
下手だと無駄な要素が多くなり、上手いと必要最低限のミニマルな要素で構成される。


ただ記事は、演出意図とかそういうのを排して観るような中身。
だから「作品鑑賞テクニック」と言うよりは「作劇テクニック」が正しい。
作品鑑賞テクニックなら演出意図にまで踏み込んだりするので。
第14回って事だから他の回で触れるのかな(笑)
ちょっと風邪なんで他の記事読む余裕も無いですけど...(げほげほ)。


脚本と演出、観劇と作劇


監督と脚本家は大概違う人間なので、演出やカット割、画面構成で
「この画面では何を観客に伝えたいと監督は思っているか」
は必ず別に観なきゃならない。
その辺り一緒くたで考えてしまうとこんがらがる場面もある。
脚本意図、作劇の要素だけに絞るなら注意が必要でしょう。

だからリンク先みたいなセリフの抜き書きが大事なんすよね。
文字化する事で画面構成や演出要素を排して劇要素のみに出来る。
普通に素人が見る分には抜き書きなんて要りませんけどね。
頭の中で充分。


で、素人的な、この辺りからは作劇と言うより観劇に関して。
なにせ素人ですから書けることも素人レベル。
プロを目指してる人は上記リンクのプロの記事を見てもらうとして、
こっからは映像の勉強してる人なら基礎的な事を。
素人が書く、素人の為の観劇、映像基礎みたいな記事になります。
※以下、プロ・詳しい人お断り



アニメと実写


アニメと実写映画をざっくり
「同じ映像作品なんだし似たようなもんでしょ?」
と捉える人が居るんだけど結構違う。


何が違うかってーと、実写映画は、画面の中の全てをコントロールしていない。
北野武なんかは画面に不確定な要素があったとしても「面白い」としてそれをそのまま使う。逆に画面に映るすべての要素をコントロールしようとしたのは黒澤明監督ですよね。
アニメ監督は画面の中の全てをコントロール出来る。
だからこそ画面に収まった背景や細かい演出の機微にまで意図を込める事が出来る。
映画で
「背景に〜が写り込んでるのは何かの暗喩なのか?」
と考えても実は偶然だったりする事もあるけど、
アニメなら意図的な事の方が多い。

偶然と必然は違う。
そこまでなんにも考えてない演出家も多いですね。
テレビドラマなんてひどいもんで...。
カット割れば格好良いと思ってるようなドラマが視聴率とったり。
...それを観てる視聴者のレベルも。


例えば、昨日書いたヤマト2199の敵艦被弾時の演出にしたって、単純に
「当たったらちゅどーんって爆発」
みたいに簡単な処理だってできる。
ところが速度を出して敵船が突っ込んでくるから被弾時に船首が大きく凹む演出を入れた。
ああ言うところまで拘った演出を観られると
『この作品は隅々まで意識的に演出しているんだな』
ってよくわかる。


演出要素の加減


押井守攻殻機動隊は有名だと思うが、
原作の士郎正宗も好むんだけど蹴りを入れる時は軸足の描写も入れるんですよね*1
例えば後ろ回し蹴りとして、単純に
「引きの画でキャラが回転して敵を蹴る」
よりも
「主人公、顔アップ。呼気」
「つま先を中心に軸足が回転(砂煙描写)」
「蹴り足が伸びる」
「敵、蹴りを両腕をクロスして受け止める(ベクトル斜め下から斜め上に)」
「敵、歯を食いしばる」
「片足を後ろに下げ勢いを殺す(靴底が滑り砂煙)」
と別ける方が蹴りの重さを伝えられる。
一連動作として演出するならこんな感じか。
でも、あまり入れすぎると重さは増えてもスピードが死んでしまう。
スピードを重視すると軽くなる。
ダメージ描写でコントロールする人もいるけども。
その加減が演出では難しいところ。


これって脚本なら
「主人公回し蹴り」
とか
「戦闘シーン。主人公敵を倒す」
で、処理する場面。
そこをどう描くかは演出の仕事なんすね。
そこを「物語だから」と一緒くたで語ろうとするとちょっと違う。


カメラとカット


ついでなんでカット割りもさらりと。
本格的なカットバックの心理効果とかは映像関係を勉強してる人のブログに判り易く書いてあるんで(たまに見かける)そういうをの検索して頂くとして。
リュミエール兄弟とかサブリミナル、カットバック、まぁ色んなキーワードで調べれば出てくる。

一番基礎なのはカメラの距離と心理描写ですよね。
常識と言えば常識ですけど。
カメラと被写体との距離が近ければ近いほど熱量が高い。
だからアップは主人公の気迫や衝撃が大きい場面で用いられ、逆に孤独感を演出したい時はカメラを大きく引いて被写体とその周囲の風景を入れ込む。
そうする事で孤立感が伝わる。
だから引きの画は客観的になるし、アップが多ければ当事者目線になる。

アップ、バストショット、二―ショット、ロングショット。
ニュースが引きの画面なのは感情移入が要らないから。
事実がそこにあれば良い。
コメンテーターが、バストショットなのは何かの事実に対してその意見を説明するから。
とはいえ、今や形骸化してその意味まで考えてるかどうかは知りませんけど。
昔、アナウンサーの顔をどアップでニュースを伝える番組がありましたけど、ものすごく不評で(笑)
そんな要素は、ニュースってコンテンツにはいらない。


トレンディドラマなんてありましたけど、
アップ多くてよく「暑苦しい」なんて言われてた。
どうしてかっつーと、アップって演技の下手さが誤魔化されるんですよ。
画面いっぱいに対象が映ってると視聴者は感情移入しやすい。
だから演技より感情移入が勝つ。
引きの画で同じシーンをやると他の要素が視聴者の目に入るし、感情移入しづらい。
そうすると視聴者の目線を惹きつける演技ってのが必要になるわけなんですが。
そーいう演技力が無いからアップにしなきゃならない(笑)
で、アップに耐えられる美男美女を揃える。
なんだかなー、って感じですがそんなもんです。


カット割りってのもそうですね。
長いカットは冗長になる。
短いカットはせわしない。
冗長にならないためには演技力が必用。

だから舞台は、難しいんですよ。
観客からは全て引きの画、場面(カット)は同じ。
だから演技力が無いと持たない。
カットや編集や画面構成の魔法が使えない。
蜷川幸雄さんの舞台とか、だからすんごいですよね。
面白くて圧倒される。
観てない人は、絶対一度観た方がいい(ケラさんのナイロン100℃でもいい)。


原作と映像


あと原作の有り無しとか。
原作がマンガなのか活字なのかってのも違う。
基本、原作がある物は二次創作と同じ事で。
原作有りの映像化作品は、製作者がその原作をどう読んだか、の結果が映画とかアニメなんですよね。だから公式だろうが、原作とニアイコールではあるがイコールではない。原作を読者が読めば100人が100通りの作品が読者の中にある。
映像化というのはその100分の1を映像化したもので、だから「映画と原作は別」とかよく言う。
自分が思ってる物と違う。
そりゃそう。
だって監督はそう思ったし、そう読んだからそうなってる。



さっくりと観劇についていろいろ書いてみました。
相変わらずまとまり無いですが、このくらい知識あれば見方は変わるよねー
っていう基礎。
ではでは。

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*1:奥瀬サキも軸足好きだな