オタクを語るという事 序説(或いは前提条件の定義と断片)

こんにちはこんばんは。
皆さん、いかがお過ごしですか。


最近ネットを見てるとよくオタク語りを見かける。
オタク、ヲタクどっちでもいいけど。
語り易いジャンルなのか、一過性に盛り上がってるのか。
でも色んなオタク語りを読んでも違和感感じるんですよ。
総論的なオタク語り。

オタクにおける基礎教養とは、
オタクの共通言語とは、
オタクと言うものは。




最近好きなのがハイコンテクストって言葉なんですよ。以前からある言葉だけど最近見かける事に適用すると色々当てはまる。
つーかーとかなぁなぁとか言われてるいわゆる
「わざわざ説明しなくてもわかってるでしょ?」
っていう事が前提のコミュニケーションとかコンテンツとか。


例えばOZZFESTにももクロが出るっていう事に反対するメタラーは、ももクロっていうチームや詳細を理解して反発してる訳じゃなく「アイドル」っていう先入観とか概念に対して反発をしてる。
これまで見てきた小泉今日子とかSMAPとか、嵐とかAKBとか。
それらの総体としてメタラーそれぞれの中にそれぞれの「アイドル」という漠然とした概念があって、ももクロそのものではなく「アイドル」というジャンルの代表(具現化)たるももクロに対して反発をしている。
だって
ももクロとは○○であり××だからこそOZZ FESTへの参加はありえない」
っていう批判を今までに見た事無い。
ももクロを語るには、概念ではなく「ももクロ」を理解した上でないと語れないし、
ももクロを理解してしまうとメタルフェスに出る事がそれなりに理解できてしまう。
だってOZZ FESTはメタル以外の出演者が出ることはまかりならん、って言う根拠は感情論以外何も無いんだもの。
誰かメタラーの方、本格的な反論書きませんか?
盛り上がると思うんだけども。
(OZZ FEST終わってメタラーが書きなぐってもそれはそれで面白いけど、それもOZZ FESTでのステージ限定でのももクロでしかないんだよなぁ。ステージによって色はかなり違ってしまうだろうし、ちゃんと主体客体と総論と限定論を別けて語って欲しい、メタラーのどなたか)


さて、話が逸れついでに歴史のおさらい。
過去に何度か書いてるので詳細は端折る。
オタクって言葉は元々存在しなかった。
だが世の中にオタクと呼ばれる原型はあったがそれは漠然と
・マニア
・ネクラ
・アニメ好きでキモい

とか呼ばれてた。


そこへ「オタク」って言葉が登場する。
昔のオタクはエロゲーの話題でコミュニケーションをとった、て話があったけどそれはずっと後の話。
パソコンがみんなの家にあったわけじゃない。
8801、9801のDOS-V機。
もし部屋にあってもそれらは、ネットワークには繋がってなかった。


昔のオタクはスタンドアロンだった。
繋がるべきネットワークは無く、ネクラと呼ばれコミュニケーションは苦手で、教室の片隅で休み時間も一人で本を読んだり寝たふりをしたりしてた。
家に帰ってもインターネットは無い。
だからアニメ雑誌を買って投稿コーナーで
「ペンフレンド募集」
とか書いてあるのを孤独に眺めてた。
そんな募集に応募できるくらいならもっと人とコミュニケーションしてる。


そこにオタクと言う言葉が生まれる。
いつぞや、混沌の中で神が「光あれ」と言って光がそこにあったように、
「オタク」
という言葉によってそれまでのオタク的なモノたちは「オタク」になった。
なるべくして。
スタンドアロンの当時のオタクと呼ばれるものたちがコミケに召喚される事によって産み出された化学反応。原初の海に生物が生まれたようにコミケの中から「オタク」という言葉が発生した。

しかしオタクは名乗るものでは無く、そう呼ばれるものだった。
誇るものでは無く隠すべきものだった。
マニアであり、ネクラであり、アニメ好きでキモいからこそオタクになった。
かつて宅八郎がオタク代表のようにテレビに出ていたが、確かにあんなオタクは大勢いた。オタクは呼称であり、しかし蔑称でもあった。


そして時代は変わり、オタクも変わった。
ネットワークによって繋がり、情報を得たり共有した。
世間的にもオタクがカルチャーとして成立し始めた。
誰もが
「オレはオタクだ」
と言い出し
「オタクって言うのはラインハルトと聞くと...」
などと語るようになり始めた。


かつてオタクはマニアと同意だった。
コンテンツは少なかったし、アニメが好きならその当時やってたアニメを大概網羅してた。網羅できる量だったし、それを楽しめた。
アニメイトは無く、グッズに金をはたく事も無く、テレビを録画するのが精一杯。
声優雑誌も無かったし、声優の情報なんてアニメ雑誌かエンドテロップだけ。
少ないコンテンツを楽しむんだから自然狭く深くなる。

オタクとマニアは同意だった。
狭く深い。
それがマニアだしそれがオタクだった。
何かが好きとか観た事があるとか、それはオタクとは呼ばれなかった。
でも今やハードルは下がって「オタク的なもの」が好きなら誰もがオタクになり、
誰もが発信者になりホームページやブログで、
「僕らのようなオタクにとって」
「我々オタクと言うものは」

と語り始めた。


ガガガSPの「オラぁいちぬけた」という歌の中にこういう歌詞がある

だから俺はやるのさ
ステージで頑張れ
頑張れと言ってる自分に
満足してる奴らの頭の中を
俺の毒で埋め尽くして行きたいんだ

僕らは僕らはと唄っている奴らよ
その僕らに俺を入れないでくれないか
変な仲間意識はもうイヤさ
オラぁいちぬけた いちぬけた

「僕らは僕らはと唄っている奴らよ/その僕らに俺を入れないでくれないか」

誰かが「僕ら」と語る時、その「僕ら」の中に自分はいない。
誰かが「我々」と語る時、その「我々の」中に自分はいない。
誰かが「オタク」を語る時、その「オタク」の中に自分はいない。
オタクを語ってるやつに聞きたいが、いったい誰の事を言ってるんだ?


オタクにとっての共通言語とは何か?
それを語る前にまずオタクとは何かが定義されなければ共通言語は出ない。
オタクにとっての基礎教養は?
それを語るならどの時代のどのオタクにとってのかをまず定義しなければならない。


かつてのオタクなら簡単だった。
共通言語なんて考えるまでも無い。
それらを知っているからこその「オタク」なんだから。
「○○を知っていなければならない」ではない。
「知っている」からオタク足りえる。
知らないならそれはオタクにならない。
ただの「アニメに詳しいやつ」でしかない。


現代のオタクにとっての共通言語はなにか?
まずオタクの層は一体何歳なのか。
オタクという言語以前のオタクか。
オタクという言葉以降のオタクか。
宮崎某の犯罪を垣間見たか?
あの時のオタク文化に対するバッシングの嵐を見たか?
インターネットで2ch文化が花開いてからか?
クールジャパンとか言ってアニメコンテンツをきれいにパッケージしてかつての暗いイメージを削ぎ落とそうとしている最近オタクを名乗り始めたのか?
ずっと続けているのか?
いつから始まったのか?
共通言語?
アニメージュを眺めてシャア猫の本を買ってた世代と、ヴァルヴレイヴの一話が凄いって語る世代との共通言語?
山本直樹森山塔)らが有害図書の弾圧に巻き込まれた様子をリアルタイムにみてた世代と、シャフトの演出が革新的だとか言う世代の共通言語?


総論ってそれっぽいし語りやすい。
自分の概念として漠然と存在する対象をそれっぽい言葉で仕上げて語れば
それっぽい結論は出るし、
それらを認識しないまま論を進めれば辿り着けないまま終わる。

「オタク」って言うのは実にハイコンテクストな単語だと思う。
それっぽい全てが漠然と総体的に「オタク」として扱われる。
皆がそれを知り、名乗り、そう呼びながら、
誰もが気軽に口にし、しかし定義し限定しはじめると零れ落ちるものの多さに辟易し、
結局総論で語らざるを得ない。
「ロック」なんて言葉と同じだろう。


こんなにオタクを語っているがオレはオタクでは無いと思ってる。
オタクで無いと思うのは、自分にとってのオタクって
もっと深くて狭い衒学知識の持ち主らの呼称だから。

知識が広くて浅い自分はオタクには当てはまらない。
別に専門的な学習をしたわけでも無いし、教養がある訳でも無く、
自然な知識と経験しかないから。
今の漠然としたハイコンテクストなら当てはまるのかも知れないけど。
まぁ、一番的確に当てはまるのはサブカル糞野郎*1って呼ばれ方だろう。


「あ?ゴチャゴチャうるさいなぁ。
そんな面倒な定義はいらないよ。
今どきオタクって言う連中がいるだろ?
あいつらにとっての共通言語を知りたいんだよ?
このブログいつもだらだら長いんだよ!」


....。
ちょっと長いんで次回書きます。
だってまず以上が前提で無いと語れないでしょう?
そんな事は。

では、もし何かしら好評でしたら書きますね。
(読まれないなら書いても仕方ないので、個人的にメンションで良いでしょう)