【ラノベ】折れた竜骨とノックスの十戒【マジカル密室】

西澤保彦氏の作品には特殊状況のミステリが多い。
現実ではありえない設定が登場するミステリ。
例えば怪獣、宇宙人、ファンタジー、超能力。

「超能力が使えるミステリ?なんでもありじゃね?」

例えば西澤保彦氏の「瞬間移動死体」という作品では主人公が自身の瞬間移動能力を使って妻の殺害を企む。

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西澤保彦

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だがこの超能力はなんでも有りと言う訳では無い。
瞬間移動出来る距離の制限がある、転送される物体の量に限界がある、自分が瞬間移動したのと同等の質量の物体が自分が存在した場所へ代わりに無作為に瞬間移動してしまう...。
などなど細かい設定の縛りがある。
「特殊」ではあるが、なんでもありなのではなく限定的で特殊なルールに乗っ取ってそれは行われる。
だから読者は特殊な超能力の「制限事項」を前提として物語を楽しめるようになっている。



「剣と魔法」と「謎と論理」

折れた竜骨 上 (創元推理文庫)折れた竜骨 上 (創元推理文庫)
米澤 穂信

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米澤穂信氏「折れた竜骨」は12世紀 中世のヨーロッパが舞台。
(米澤氏は習作としてネットに発表していた異世界ファンタジーを、今作で「修道士カドフェル」を意識してこの時代に設定して改稿したとの事)
米澤穂信ロングインタビューhttp://www.webmysteries.jp/lounge/yonezawa1011-1.html
そこでは魔法が存在し「呪われたデーン人」と呼ばれる不死者まで存在する。
断崖と岩礁に阻まれた領主の館がそびえる孤島。
迫りくる「呪われたデーン人」の脅威。
対抗するために呼び集められた一癖も二癖もある傭兵たち。
暗殺騎士とそれを追ってきた異邦の騎士。

そこで行われる殺人。

ミステリとして非常に端正で、物語にキチンとヒントが織り込まれている。
読者への挑戦状では無いが
「ここまでですべての材料は提示された」
と区切りが入るのもミステリ読みにはニヤリとさせられる。
関係者全員のいる前での犯人当てなんて黄金時代のクリスティ以来の伝統芸。
「えー、皆様お集まりいただいたのは他でもありません...」
キチンと注意深く読み込んで行けば読者にも犯人が解るフーダニット(誰が犯人なのか)ミステリ。


「なんでもあり」と思われがちなファンタジー世界。
主となるラノベ的ファンタジーな舞台は「剣と魔法」の世界で、しかし殺人事件の犯人を追いつめるロジックにファンタジー要素は無く、そこには事実とそれに基づいた「論理と推理」がある。

デーン人との戦いの場面では、ついついそういうラノベ的な読み方になってしまって、ミステリーであることを一瞬忘れてしまった。
ファンタジーとしてもなるほど面白い。
とはいえミステリーなので各キャラ立ちまくりの戦闘シーンは控えめ。
もうちょっと戦闘が多くても良いよねぇ...。

いわゆるラノベ読みな方でも楽しく読めるし、ミステリ読みとしてはガッチリ硬派な本格ミステリとして楽しめる。
一見変化球と見せかけつつ、実際は剛速球ど真ん中って言う楽しい作品。
さすがお見事。
間違いなくお勧めの一冊(文庫は上下巻だけど)。


ネタバレパート

※ここからはネタバレあり
ここからは読んだ人用(もしくは読まなくてもネタバレしても良いって人用)に書きますが。

さてと。
度し難いミステリ読みの自分としては
「果たして魔法と言うものが本当にある世界なのか、それとも概念的にはあると言うが実際物理上は無いのか」
そこから疑って読み始めた。
呪われたデーン人と言うものもすべて虚構であって、何者かの企みではないか。
動く巨人も魔法ではなく何かのからくりではないか。
捕らわれ食事もせず死なないデーン人なんてなにか仕掛けがあるに..。

...あ、全部存在するんですね。

そうなるとファルクの話す魔法と言うモノのロジックが制限事項としてフーダニットの材料の一つになる。
だから捕らわれたデーン人の密室トリックは容易かったですね。
あれは不死のデーン人がどの程度死なないかを示された段階で理解できる。


ノックスの十戒


ところで
こんなツイートがあった。
ノックスの十戒と言えば大昔の
「ミステリはかくあるべし」
というルール。
ミステリクラスタにはお馴染みだと思いますが。

確かに変化球的なミステリだからノックスの(古びた)十戒を破ってるのかな?
まぁ、中国人云々なんて今どきバカらしいですが。
以下、実際に比較してみる事にする。

ノックスの十戒(ノックスのじっかい、Knox's Ten Commandments)は、ロナルド・ノックスが1928年に“The Best of Detective Stories of the Year 1928”(邦題『探偵小説十戒』)で発表した、推理小説を書く際のルールである

ノックスの十戒

01.犯人は物語の当初に登場していなければならない
今回犯人はファルクだった訳ですが当初から出ている。これはクリア。


02.探偵方法に超自然能力を用いてはならない
魔法を使って...いや、魔法を使って探ったのは魔法だけであって、犯人や探偵方法としては物理と推理と帰納・演繹法ですよね。姿が消える燭台は確かに超自然だが、それを手渡した事で実際に使い手として証明し、フーダニットから外したのは探偵方法としては論理に基づいている。
のでこれはクリアでしょう(違う読み方をすればアウトですが)。
「<<走狗>>の呪文を使われたのを探るのに魔法使ってるじゃないか?」
いや、だからランプで解るのは「魔法が使われた」までで、誰がどうやったかはまた別の事なので犯人を追いつめる「探偵方法」の中には入らないでしょ?と言う理解。


03.犯行現場に秘密の抜け穴・通路が二つ以上あってはならない(一つ以上、とするのは誤訳)
無かった。クリア。


04.未発見の毒薬、難解な科学的説明を要する機械を犯行に用いてはならない
毒薬はファルクが飲まされたのみ。領主は刺殺なのでクリア。


05.中国人を登場させてはならない (これは中国人という意味ではなく、言語や文化が余りにも違う他国の人、という意味である)
言語や文化があまりにも違う...デーン人はかなり違う人種だけれども、探偵パートには一人しかおらずイングランド語も解するためクリアですな。


06.探偵は、偶然や第六感によって事件を解決してはならない
論理に基づいている。クリア。


07.変装して登場人物を騙す場合を除き、探偵自身が犯人であってはならない
ファルクが探偵、と思わせておいてその実従者ニコラが真相を暴く、と。
そのためのキャラの位置だった訳で。クリア。


08.探偵は読者に提示していない手がかりによって解決してはならない
すべて材料は示されてましたね。クリア。


09.“ワトスン役”は自分の判断を全て読者に知らせねばならない
本来ならニコラがワトソンなのに語り手はアミーナだった。
この辺りもニコラがワトソンだと最後の展開も大きく変わるんですよね。クリア。


10.双子・一人二役は予め読者に知らされなければならない
ファルクの兄弟は示されてた。クリア。

...こうやって改めてみると「折れた竜骨」と言うのは実に正当なミステリとして構成されてそこに上手くファンタジー合成しているのが解る。ファンタジーは本格ミステリの骨子を邪魔しないように配置され、補助になっていても推理や愉しみの阻害はしていない。
ホントよく出来ている。
カビの生えたノックスの十戒ですら(一部グレーとしても)クリアしている。
お見事。

折れた竜骨 下 (創元推理文庫)折れた竜骨 下 (創元推理文庫)
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