ネット喧嘩の流儀

※一部フィクションを交えます

社内でとある運用の問題点があった。
そこで社内メールで
「こういう問題点があるが管理が必要ではないか?」
というメールを発信した。
それに対してきた返答が
「そちら側のやり方が悪いからでしょう?でなければこの事態は起きなかった」
と言う返答が来た。


ネットの喧嘩


最近は無くなったが、昔はよくネットで喧嘩を売られた。
そういう喧嘩を売ってくる人間は大抵一点突破型で
「○○が××だろうが!」
と来る。
しかし
「○○が××なのは△△と言う事が裏にある」
という他に書かれた部分を見ずに突っ込んでくる。
もしくは行間を読めとも言うがわざわざ書かなくても判ることまでは書かない。
しかしそういう輩は、書かれていない事は読み取れない。
演繹すれば判ることが判らない。
全体を読み通し、キチンと読み込んで論理矛盾を突いてくることはほとんどない。
脊髄反射の武闘派って言うのはそういうもの。


あるいは自分の正当性を主張するために延々
「○○が××だ!こいつはバカだ」
と個人攻撃含め拡散をしてみせる。
ウチのブログも一部それで拡散されたことがある。

そういう輩は最初のうちはインファイトをする。
ツイッターで言えばメンションの飛ばし合い。
ところが形勢が悪くなると無視(ブロック)して、自己主張を繰り返し始める。
オレは悪くない、みんな聞いてくれ。
フォロワーにツイートし自分の正当性を確保しようとする。
ツイッターでよく見かける光景。


水掛け論


さて最初のメールに戻る。

まず問題が起きた。
その事は仕方ないし「誰が悪いんだ?」と犯人探しをしているんじゃない。
問題が起こったのだから運用に不具合がある、だから見直すべきだ、と言う提案。
ところが
「そっちが悪いんだ!」
と反射されると実に困る。
「そちらが悪い」「誰々が悪い」の果てに解決は無いも無い。
延々続く不毛な責任のなすりつけ合い。
~たら~れば。
言った言わないの水掛け論。


落としどころ


喧嘩や論争・論議を始めるにはまず落としどころを考えなきゃならない。
どこに落とすか。
運用に問題があり不具合が発生した。
管理の必要があるのではないかと言う問題提起を行った。
この場合ならその提起した問題点に対して「対処する/しない」の二択が落とし先であって、「どちらが悪い」は悪手でしかない。
勿論「どちらが悪い」で挑んでくるのであれば、自身の最低限過失を認めた上で相手側に責任がある運用の些末な部分でも管理がずさんな部分を全てあげつらう事も出来るが、そんな事をしても仕方がない。
視野が狭い人間ほどそういう反射をする。

はいウチが悪かったですごめんなさい。
で?
起こった問題はどーすんの?
不具合の再発に関しては?
再発した場合、責任は誰が?

責任なんざどーでもいいが、責任論で来るなら責任論で返すしかない。

運用のかたち


運用とかルーチン、ルールは、ガチガチに固めても良い事は無い。
ある程度の余裕とある程度のユルさ。
管理する部分はしっかりして、それ以外のところはユルめにしておく。
そうしないと硬直化して逆に運用が上手くいかない場合が多い。
世の中予想通り、型にハメたとおりに動く事なんて無い。

管理部分に視野の広い人間を置き、視野が狭い人間はルートに置く。
人間誰しも使える訳でも、視野が広い訳でも無い。
目の前の仕事が終わればそれでクリアー。
そういう狭窄視野な人間が大半で、組織ってのは出来てる。

そういう人間ばかりで出来た組織は連携が取れないし、応用が利かない。
だから視野の広い人間を適所に配置しなきゃならない。
残念ながら。
いなければ問題が起きる度に誰かがパッチ処理、運用の見直しも上手くいかない。


まずは動機


まず殴り掛かられた(比喩として)。
じゃあどうするか。
殴り返す、のでは相手と同じレベルに落ちるだけ。

殴ってきた理由を明らかにする。
相手の理由が取り合う事も無いのであればブロックすればいい。
そんな事に付き合うヒマはない。

そしてどこに落とすのかを明確にする。
最後のオチをどうさせたいのか。
議論か、謝罪か、訂正か、削除か。

またそれを要求するだけの「理由」と権利が相手にあるか否か。
無いならそれは相手の弱みだし、構う必要はない。
その「理由」が正当だとし、自分に非があったとしたら認めればいい。
あとは落としどころの程度の問題だけ。


何も明確でない状態で議論を吹っ掛けられて「そういうけれども~」「じゃあ聞くが~!」なんて反射してなんになる?
実にバカバカしい。
SNSやネットでの議論と言うのはログが残る。
だからこそ挙げ足の取り合いに終始するし、落としどころも無いまま個人攻撃に変わってブロックして終わる事が多い。


物理的でない暴力


実生活では、理不尽な暴力と言うものがある。
暴力って好きよ、俺。
それが絶対的な恐怖で戦慄なら なお、ステキ。
暴力って理に適ってたり、
つじつまが合ってたり同情的である必要ないだろ。
苦痛のみが全てを司る

鉄コン筋クリート/松本大洋

しかしネットの上やメール、SNSでは物理的な暴力は伴わない。
殴り合い、インファイトは精神と論理の戦いになる。
もし相手に論理が通じないならブロックすればいい。
個人攻撃する輩なんて相手をする意味もない。
実生活にまで危害が及ぶなら司直の手を借りればいい。


まとめ


もしいきなり誰かから挑んで来られたら。
そーいう時は一歩引いてまず全体を眺めてみる。
それから始めれば状況をどのようにもコントロールできる。
話しても判らない相手ならブロックか無視一択。
話して判る相手ならまず理由を明確にする。
権利と非、論点を明らかにして、最終的な展開をまず考える。
それから殴り返しても遅くは無い。

インファイトよりアウトボクシング、ネットではそれが良いと思う。
インファイトは無駄に疲れるだけ。

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ps:
現場レベルの人間が謝罪してきた。
いやいや、アンタの謝罪を求めたんではなく運用の話なんだが...ダメだこりゃ。