騙し騙され生きるのさ

「手品」ってもんがある。
手品師は通常であればありえない状況を目の前で起こす。
コップの底をコインが通過する。
頭で思った数字と同じカードが封筒の中から出てくる。
東京タワーが消える。

手品を見たら、素直に驚けばいい。
種を見透かす必要なんて何もない。
騙された、驚いた。それが心地よい。
凄いなー、どうなってるんだろう?
そこで完結してる。

「あの手品の仕掛けは...」なんて聞かされたら興醒め。
幽霊の正体見たり枯れ尾花。
手品って言うのはそういうもので。
だからたまにタレントで
「それどうなってんのもう一回やって?」
「え?タネは何だよ?」
そーいうバカタレントがいる。
昔だとデー○大久保とか。
必要ない事を気にする。

料理は美味ければいい。
どうやって作ってるかを客が知る必要はない。


「ミステリ」って変わってる。
なにせ騙されてなんぼだ。
読者は騙されまいとして読む。
ところがそれを作家は上回って仕掛けてくる。
だから面白い。

「このトリックもう最初で解ったわー、全然面白く無かった」
それを自慢げに言う輩がいるが、随分な勘違いをしている。

ミステリは作者が意図したところで種明かしされる。
真相が見える、世界が変わる。
それが楽しい。
深々と穿った読み方をする読者。それをさらに裏切る作者。
「うわ、やられた。マジでか?!これがオチか!!」
手品と同じ。
騙される事が心地よい。

事前にトリックが解ってしまった。
つまりその意図していない場面で解ってしまったなら、世界が変わる感覚が得られなかった。
それはとても不幸な事だ。
そんなもの何の自慢にもならない。
自分の感の良さや推理を自慢したいのか?
ならクイズでもやってればいい。


逆に、何も考えずに読んで
「へぇ、オチはこうなんだ」
ってやつもバカバカしい。

それなら最初から謎なんて無い作品を読め。
特に推理もしてないけど真相はこうだったんだって、へぇ。
だって途中ゴチャゴチャ推理してるから適当に読み飛ばしたよ。
だって論理が云々とかめんどくさくない?
ミステリとかとりあえずオチが解ればそれで良いやん。
トリックなんてどうせ最後の方だけなんだし。
...。


「よく判んないけど、これって美味しいの?へぇ」
「もうさ、臭いがしただけでこれの調理法とか全部解ってたよ」


どっちも爆発しろ。
そして二度とミステリーなんて読むな。

ミステリマガジン 2013年 09月号 [雑誌]ミステリマガジン 2013年 09月号 [雑誌]


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