アイドルソング、演歌、ロックンロール

・何を聴いても同じに聴こえるバンドたち/SONIQA
http://soniqa.net/121001

今日は、カフェインを抜いてるせいかどうにも頭が回らん。

なんとか読んだ。
歌とか音楽と言うのは面白いものでバンド、ミュージシャンによって色々な方向性がある。
ウチなんかではしょっちゅう出てくるレディオヘッドなんかはロック→途中で「ロックなんてクズ音楽じゃないか」と発言しエレクトロ→やっぱりアコースティックっていいよねとアコースティックな音も入れてみたりアルバム単位でやってる音の方向性が変わるし、途中で残った音なんかはソロワークや別バンド(AFP)で昇華してる。
どうにも節操がないプライマルスクリームは、その時その時の気分だから、メンバーがストーンズ聞いてる時はストーンズっぽい音のアルバムが出来上がるし、マイブラのケヴィン・シールズが入ったらゴリゴリのデジロックになったりする。
スピッツなんてどれ聴いても同じだ。
マイブラなんてどれも同じだからなー。

リンク先の方が書いてるのにはある程度同意はするけど、同じ音をやり続けるって言うのはなかなか難しい。

まずやってる本人が飽きる。
なにせいつも同じ曲。
「一つの歌を歌い続けても極められないもんなんですよ」
一つ歌を「極める」と言う事が、一つ歌の中に完成形があると言う前提でなければそういう指向にはならないんだろうが、一つ歌を歌い続けるのはなにせ飽きる。
だから上田正樹の「悲しい色やね」はアレンジが激しい。

もう本人が真っ正直に歌う事に飽きてる。
だからカラオケ対決で大御所は勝てない。


ミュージシャン自身が色々やることも勿論ある。
ストロークスはエレクトロをやってみたし(個人的には好きじゃない)、ニール・ヤングだって若い頃はエレクトロをやろうとした。今ひとつだったが。
ファンが望んでない方向性を出してしまうと如実に表れる。
「ギターロックのバンドだから好きになったのになんでシーケンサーと打ち込みでピコピコ言ってんの?」
なんてなったらファンは離れていく。

ファンは何を望んでるか。
そこに変化を望んでるなら確かに変化が無きゃいけないんだろう。
でも同じ音を望むファンもいる。
Dinosaur.Jrはずーっと同じ。
ビッグマフ、ディストーション、フィードバックノイズ。

「これ初期曲ですよ」と言われたら「あぁ、そうなの?」って言ってしまいそうになる。
プロってお客さんがいて初めて成立するもので、もし客が「もう飽きたよ、この音」って誰も買わなければそのまま終わってしまう。
「この音が聴きたい」と思わせれば勝ち。


曲の変化が大きい、と言う事はそれだけ理解するファンも受け取り方を柔軟にしなきゃいけない。
一つ曲で変態みたいに転調やジャンルが変わる曲なんてどんどん年をとるとついていけなくなる。
曲の情報量は少なく、出る曲出る曲変化がない。
いつも同じような。
毎日食べに行く食堂の決まったメニューみたいな。
たまに店主が気を利かせすぎて定食に変なおかずが入ってたりすると
「いやいつものがオレは食いたいんだよ」
そんな風に思う。
演歌ってそういうもんで、、一つの曲の情報量が極めて少ない。その代わりに情感だとかこぶしだとか技巧や目に見えないプラスアルファを理由にする。
同じ曲を歌い続け、そして極める。
職人芸の世界。
「極めてないなら今歌ってる曲は未完成じゃね?」
なんてツッコミはさておき。
情報量が少ない音に、だからこそ「情感」「哀愁」みたいなものをまとわせようと歌う。


この前アグネスちゃんが湘南乃風を歌ってたが全くついていけてなかった。
元々歌が上手い訳でもないが、一応プロとしてやってるのに。
そりゃあアグネス・チャンの中にミクスチャーなんてものは無い。
多分ダブステップも、ドラムンベースもラップも無いかも知れない。
テンポが速いから歌えない、のではなく情報量が多いから歌えない。
一つ曲の中にポップソングとラップが入り転調する。
それが理解出来ない。
音が多すぎてどれを追えばいいか混乱してしまう。


人間ってのは生まれた時から複雑な情報処理が出来る訳じゃない。
徐々に複雑なものがこなせるようになる。
赤ん坊に聖飢魔IIの曲を聴かせると眠ってしまう、と言う小ネタがあったけれど、赤ん坊は情報量の多い音を聴くと処理できないからシャットダウンしてしまう...つまり寝る。
小さい頃はだから童謡で充分で、情報量が少ない音からまず覚える。
そして徐々に複雑な歌を聴いていくし、成長すれば逆に情報量が少ない音は物足りなくなる。
ちょうちょ~ちょうちょ~な~の~は~に~と~ま~れ~♪

年をとると今度はその多い情報量についていけなくなる。
でも童謡を聴く年齢でもない。
今度は、情報量は少ないが人生の酸い甘いが染み込んだ演歌が心にしみるようになる。


昔の歌は、そんなに複雑じゃなかった。
誰でも歌える歌謡曲。
それがいつの間にか複雑な曲ばかり持てはやされるようになったのは音のメタボリズムが増大化したせいだろう。
歌える曲から聴く曲への変化。

最近の若者にロックがウケないのは総体的な情報量の増加にロックが付いてけなかったからかもしれない。
BPMは全体的に早くなり、一つの拍に音が重層的に詰め込まれる。
一つ曲でリズムもメロディもジャンルも変化し、ミクスチャーなんて当たり前、ドラムンベースディストーションのギターが乗っかりオペラのコーラスが入るなんて普通の事。
「水割りを下さ~い♪」なんて聴いてた人には要素が多すぎて理解出来ない。


今、アイドルが全盛なのはそういうキマイラみたいに色々なジャンルの色々な音を取り入れて一つの「アイドルの曲」として世間に投げればそれで反応があるからだろう。
光GENJIがアイドルをやってた頃に「新曲はAphex Twinに頼もうと思うんですが」なんて企画が通るわけもないが、今なら通ってしまうかも知れない。なにせももクロの曲をThe Go!TeamやOk Goが書いてるんだから。

今、アイドルは面白いし、ロックは置いていかれた。


元の文脈があり、切り貼りされ継ぎ合わされたサンプリングは盛り上がってる。
一つ曲に使われるサンプリングの音ネタには元の曲に張り付いたコンテクストがあり、新しい曲としてのコンテクストが付与される。それぞれの意味が合わさり更に新しいコンテクストを生み出す。
カニエ・ウェストなんかは意図的にやってる。


このまま情報量が増大していくとは限らない。
「一曲の情報量が多すぎて処理しきれない。もっとシンプルな曲が良い」
そういうブームが来るかもしれない。
一時期のユーロビートみたいに今のアイドル曲も懐かしい過去として振り返られる。
ガチャガチャ騒がしい音が好まれてた時代もあったよね。
でも今は、アコースティックサウンドで情報量が少なくてBPMも100切るような曲が主体で。
流行なんてそういうもの。
いつの時代も変わらない音と言うのは、いつの時代でも強い。
ファンは同じモノ望んでるし、同じ音で納得する。
ノスタルジー、安心感、安定感。
人間の嗜好なんて数値化できるものでも無い。

3年後には何が流行ってるだろう。

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