世界を旅したら人生観が変わるか否か

「世界を旅したら、人生観が変わる」VS「世界を旅しても、人生観なんて変わらない」も、そういった二項対立的な言質のひとつで、とくに、若いかたは、後者の意見をネット上で主張されることが多いようだ。
(中略)
それだけで、人生観が180度変わることはないかもしれない。
だけど、そういう体験をしたら、人生と世界をもっと多面的に見ることができるようになるし、少なくとも、あなたの世界を見る角度が、ほんの少し変わるかもしれない。
そして、そういう体験を重ねたら、いつか、劇的に考えが変わる可能性はある。

ttp://kyouki.hatenablog.com/entry/2013/08/19/054643

世界を旅したら人生観が変わるか否か。
それって人それぞれとしか言いようがない。
「若い頃には旅をすべきだ」
昔っからよく言う。
確かに一面的にはあっている。

人間て言うのは基本怠惰な生き物で、安定の中にいると何も別の要素を生み出そうともしない。毎日同じ道、同じ食事、同じ時間に行動し、同じ時間に寝る。
それは楽なんすよ。
考えなくていいから。
身を任せてればそれで成立する。
安定で安心。


で、海外に行く。
すると言葉も違う、食べ物も違う。
見知らぬ道、見知らぬ人。
それが全て刺激になる。だから変化もする。
当たり前の話なんだけれども。

でも「海外へ行け!」というフレーズは偉大なる北方謙三氏の
「悩んでる?!ならソープへ行け!」
とさほど変わらないし、こちらの方が至言だろう。


世界へ行こう!っていう人の言う世界にどうやら日本は含まれてないらしい。
え?同じ国じゃしょうがないだろうって?
いやいや、同じ日本だって全て観てる訳じゃない。
全く違う環境、見慣れない路、見慣れない場所。
それらは刺激になる。
日本に観てない場所なんて山ほどあるんだから。

北方氏の「ソープへ行け!」が至言なのはつまり
「身近な見知らぬ世界をまず味わえ」
そういう深い意味がある。
まず今まで知らなかった世界を知れ、悩むならそれからだ、そういう意図がある。

言い換えれば「ガンジス川を泳いで来い!」ってのに似てるかも知れない。
日本のソープにすら言っていないお前が何をウジウジ悩んでるんだ!!!
さすが北方氏、そこにs...(ry
試みの地平線 伝説復活編 (講談社文庫)


世界中を旅したってどこにも無い場所が日本にはある。
「世界へ行け」「新しい価値観を身に着けて来い」と言うのは安易。

世界に行かなくても本の一冊で変わってしまう人生もある。
だから「本を読め」とも言う。
でも「書を捨てよ街へ出よう」ともいう。
それも正解だろう。
人生を変えるかも知れない「何か」
「何か」に出会うか出会わないか、それこそ人生。
「何か」に出会っていない方がいい人生もあるかも知れない。
一度きりの人生だから選択肢は少ないしリセットは出来ない。
出来る限りの選択肢を選ぶ方がいいし
「ソープへ行け!」
という謙三氏の教えで人生変わるDTだっているかも知れない。


旅をしないよりはした方がそりゃあいいだろう。
でも旅に出る前にまず知らない世界を見てないんじゃないか?
自分が触れる事の無い文化や場所は多くある。
世界にもなかなか無いコミケやアイドルコンサート。
音楽フェスや深夜のイベント、クラブ。
自己啓発セミナー、宗教の説明会。
入り口に筋ものの黒服が立ち、リムジンが止まってる深夜のクラブなんてゾクゾクする。

話した事の無い人種と話すのも面白い。
暴走族の若者は白バイを振り切った話や、不法投棄を自慢げに話す。
若い頃、ブラウン管を作ってたオッサンに延々昔話を二時間されたり。
橋の下に住むホームレスと喋った事があるかな?


ネットでググれば今までに知らなかった知識が転がり、全く見たことも聞いた事も無い概念があったりする。
そこで思想に出会うかも知れない。宗教に出会うかも知れない。
新しいパラダイムを知り、それが人生を変える事があるかも知れない。
肉体を伴わない精神的な知識は、肉体を伴う体験より本当に劣るのか?

スポーツを始めるのも面白い。
格闘技を始めれば、自分の中でどういう変化があるかも解るだろう。
自分の身体をどれだけ把握していなかったかも判る。

人と会う、話す、動く、ネットで調べる。
全てに変化があるし刺激に満ちてる。
今までにやってない事なんて山のようにあるし、今すぐ出来る事も山のようにある。
昨日までやっていなかったことを今日から始めてみる。
それだけで何かは変わる。


ネットなんて不健康だ。
世界に出るべきだ。
でもネットの世界は随分と広がった。
今は、すっかり肉体と精神が乖離し、肉体(体験)主義な世界旅行よりもネットでの(肉体的経験を伴わない)精神活動にシフトしつつある。
立脚できる自己が無いから炎上になれば一緒に石を投げるし、誰かが大声で何か言えばそれが正解だと思ってしまう。
何で変化するか、しないかなんてわからない。


世界へ行かなきゃ変われないのか?
海外へ行くのは変わらなきゃいけない環境に身を置かなきゃいけないから変わるんだよ。
変わりたいと言う意思があるなら今日明日からでも変われる。
変わると言うのが良いのか悪いのかは知らんけれど。

多面的な価値観があるなら
「海外へ行けば価値観が人生観が変わる!」
なんて旧来的なお題目を唱えるのかしら。


人生観を変えたきゃ禅寺へ行けばいい。
よっぽど深淵を覗ける。
まず自己内を覗きこんでから他者を理解したっていい。
どっちにしろどちらも理解なんてしてないんだから。


勿論、旅行に行けるなら行けばいい。
でも、まずは
「ソープへ行け!」
人生訓なんて、蹴っとばせ (PHP文庫)