繋がることは果たして幸せなのか

最近、考えていることがある。
まだまとまりきれていないが「繋がることは果たして幸せなのか」と言う事。
勿論、幸せの価値観が違うので一概には言えない。
例えば先日のツイッターでの電番晒し。


「見ず知らずの人と話せてとても刺激的だった」

でも日々過ごす中で実は見ず知らずの人と多く話しているし、すれ違ってる。
お互いを知る者同士で出会う事よりも知らない人間同士がすれ違う事の方がよほど多い。
知らない人と話す事が刺激的?
ならそこら辺の人と話せばいい。
とても刺激的だろう。
わざわざツイッターで電番を晒す必要もない。


ツイッターにいる若者を見てると
ツイッターで多くにフォローされたい。
発言を多くふぁぼられたい。
その目的意識はあるんだが
「フォローされたら何があるのか」
「ふぁぼられたら何があるのか」

それがない。
無目的に承認欲求だけがある。


フェイスブックは人を不幸にするとか何とかいう記事があったが。
フェイスブックをやってない方が幸せって事か。
じゃあフェイスブックって何のためにあるんだろうか。
何のために繋がる?

新しい出会いのため?
出会いなんてそこここに転がってる。
実生活で出来ないならネットでもたかが知れてる。