ネットでは気が大きくなるから他人をバカ呼ばわりするのか?

・ネットで他人のことを馬鹿にする人が多い理由/gajetdaisuke.com
http://gajetdaisuke.com/archives/13821_221750.php

インターネットはクルマなのです。
んー、んー、ん?
別におかしな事は言ってない。
この腑に落ちそうで落ちない感じ。

元記事の入り口と出口に違和感があるので一度簡略化してみる。



元記事の簡略化


[実体験=比喩表現]
知人に、普段はおとなしい→クルマの運転席に座ると激しい気性になる男がいる。

車→万能感と密室性を得られるので驕る。

道具とは→身体能力の増強や代替

[炎上に関してネットへ敷衍]
インターネットは?→脳(全てとは言えないがSNSなどが社会性を反映)

ネット→クルマに似た万能感と密室性

「ネットで馬鹿の可視化が増えた」と語られる→実は他人を馬鹿にしたいだけ

馬鹿として発掘される人々<他人を馬鹿にして祭り上げる人が圧倒的に多い

じつは馬鹿の可視化ではなくて、皆で馬鹿にする相手を共有し始めただけなのでは?

[発言の危険性→現実へ敷衍]
現実で自己実現できる可能性の低下→ネットで自分の「下」を見つけて叩く

叩く=表向き「正義感」なので反省は難しい

インターネットの万能感と密室性→車と同じく一時的

実生活・人生に悪影響を及ぼす可能性→車と違い教わることがない。

ネット上での「死ね」という暴言→現実の対面では口にできない発言→恥ずかしい。危険も有

正義感や道徳観からの言動→あとで振り返れば間違っているものは多々ある

ネット→公の場(ログが残る世界)→気をつける必要がある


まとめる


自動車の比喩。
「自動車に乗ると気が大きくなる友人」と「ネットで気が大きくなる」同じ構造。
「ネットでバカが可視化される」と語られるが、実際はバカにしたいだけ(?)
自己実現が難しいから弱者や他人の失敗を見つけ出して晒す、それを共有する。
叩く人数は増えるが、その大半は正義感を理由に叩こうとするので反省(?)は難しい。
ネットで気が大きくなっても車と同じで一時的なモノ。
それで身を滅ぼす可能性があるがそれを教えてももらえない。
気をつけよう。


個人的感想メモ

...。
まぁ、ちょっとガタガタなんだよね。
んー。
まず気になるのはこの「気が大きくなる人々」はどこからどこまでを指してるんだろうか。
原文中なら「ネットで馬鹿の可視化が増えた」と語る人々も「気が大きくなった人」の中に入っているらしい。
最近の「炎上」案件を時系列で並べると


バイト中の写真をSNSにあげる(本人)

それを拡散(フォロワー)

見つけて「これはいかん」と言い出す(炎上1)→本人にメンションを飛ばす正義漢(炎上1-2)

「これはいかん」が増え2chに板を立てる(炎上2)→本人にメンションを飛ばす正義漢(炎上2-2)

まとめサイトが見つけ記事に(炎上3)→本人にメンションを飛ばす正義漢(炎上3-2)

まとめが拡散される(炎上4)→本人にメンションを飛ばす正義漢(炎上4-2)

ブログで炎上について語られる(可視化1)

炎上について語る事が語られる(可視化2)


こんなもんか。
上記の記事は、図なら可視化2、もしくはそれ以降に該当する。


「気が大きくなる人々」
この定義で語れるのは炎上1、1―2~4―2とか。
炎上に参加してメンションを飛ばして「死ね」「クズ」とかやってる連中は確かに「気が大きくなる人々」だろう。

炎上3のまとめサイトは、必ずしも正義感でもバカにしたいわけでもなくアフィも多い。
気が大きい訳ではなく「気が大きい連中を利用する」

そして(可視化1、2)のブロガーについて「気が大きくなる人」と言う事が必ずしも当てはまらない場合も多いし、しかし原文には「ネットで馬鹿の可視化が増えたという風潮を語りつつ」と言っている。
「語りつつ」の対象が曖昧。
もし「ネットで馬鹿の可視化が増えたという風潮を語る」ブロガーが、気が大きくなった愚か者だと言うなら、それを語るこの当該記事はどうなんだと言う話になる。
元々「可視化された」って言いだしたのはどこぞのブログだし。

あと「反省」ってなんだろう。
叩いた事に対する「反省」って事?
でも「馬鹿の可視化が増えたという風潮を語る」事を反省しなきゃいけないってのもおかしい。
炎上の犯人にメンションを飛ばしてるヤツってんなら判るが。
それも曖昧。

それに「ネットで馬鹿の可視化が増えたという風潮を語る」人間は皆が皆、気が大きくなったから語ってるわけでもないだろう。
「死ね」だの「バカ」だの言うのは実社会では危険だと言う事も判ってる。
「バカが可視化された」っていう言葉って「いやいやそんな事ないぞ」って意見が多いんだけど、代案で出される見解が納得できない。
この記事にしても

ネットで馬鹿の可視化が増えたという風潮を語りつつ、じつは他人を馬鹿にしたいだけ

バカが可視化された風潮を語る=バカをバカにしたい...?
そもそもの「バカが可視化された」という事象は、この記事外でいいのかな。
「最近はバカがネットで可視化されてるよねー」→バカにしてる
そうかな? 笑

ちなみにウチで「死ね」「バカ」は頻出語だが、特定個人には使わない(極力)。


一見、すっきりと「こうなのだ!」と語っても「炎上に関わる流れ」ってそれだけじゃなく様々な要素が絡んでる。
車に乗って気が大きくなることとネットで気が大きくなることはニアイコールで、該当する部分もあるだろうがそうでない部分も当然ある。
「自分も調子に乗って気が大きくならないように気をつけよう」
それは判るけどこの現象ってそんなに単純なのかしらね?
記事を読んで「なるほどその通りだ!」なんて言う方が一番危ないと思うけども。

それにしてもネットって車かな?
ネットはテレビとかの延長だと思うんだけどな。
今までは受信一方だったのに送信もできるようになった。
「こいつバカじゃねぇの」
「死ねばいいのに」

テレビの前で言ってた事が世界の端まで届くようになった。

リテラシーってのはその想像力の範囲が狭いテレビの前のまんまでネットに出ちゃったようなもんで、個室みたいなボリュームの声でベラベラしゃべるDQNみたいなもんじゃねぇのかな。
バカだの死ねだの、別に車に乗らなくたってテレビの前でなんぼでも言うヤツ居るし。


とはいえ社会的に自己実現も出来ないバカなので、よく判らんけどね。
アホやさかい。
以上、個人的なメモ。
ウェブはバカと暇人のもの (光文社新書)