カレーを食いながら考えた「デマと釣り師といろいろえっち」

この前の土曜日の昼、カレーを食いながら読んだ。
ごろごろ野菜カレー+食後に珈琲。

・はてなの嫌いなところ。釣った・釣られた問題/面白きこともなき世を考えて
http://kangaete.hatenablog.com/entry/2013/08/20/192620

この「釣った・釣られた」問題が自分はどうもなじめない。

そもそも、より多くの人に読んでもらうために、ちょっとくらいハジけたタイトルをつけるのはよくある話だと思うし、みんな多かれ少なかれやっているんじゃないだろうか?

また、「本気か?釣りか?」みたいな詮索も意味のないものだな、と思う。

純粋な「釣り目的」、つまり「タイトルにひっかかって記事のPVが増えればOK」なんて人はあまり存在しないと思うのだ。

「ブログを書き始めるまでは知らなかったけど」と書いているくらいだからよほど疎いのだとは思うけれど。
「釣り」文化ははてなよりもTwitterの方が主流。

『釣り』と言うといつもこれを思い出す。
・検証:橋下市長ツイッター義務化報道問題/虚構新聞
http://kyoko-np.net/special03.html

橋本市長がTwitterを義務化する」というネタ記事を虚構新聞が投下したが、それを真に受けた低リテラシー様方が本気で拡散。
マジ切れして
「虚構新聞のネタツイートには虚構と入れるべきだ」
なんていう勘違いバカな発言も出まくった(ガル○ィーンさん元気かしら)。
多分、ここ数年では一番広がった「釣り」だと思うし、リテラシーが語られたり、色々波紋を呼んだ。
最近なら、

・「ベルセルク」連載終了騒動 嘘つきと情報弱者が織り成す<蝕>の宴/戦争だ、90年代に戻してやる
http://blog.livedoor.jp/omaenoteki/archives/31791231.html

この辺りか。
ソースの無い「ベルセルク連載終了」のデマが2chまとめサイト発→SNSで拡散し、それを受けて上記“戦争だ、90年代に戻してやる”管理人が


というツイートを投下。
こちらもデマ...いわゆる釣りなのだがこちらも拡散されまくった。
そういう顛末。


『「タイトルにひっかかって記事のPVが増えればOK」なんて人はあまり存在しないと思うのだ。』

この考えは残念ながら事実に即していない。
2chのまとめサイトやサイゾーあたりのクソ三流ゴシップのレゾンデートルは
「タイトルにひっかかって記事のPVが増えればOK」
これが至上。
すべてが、真っ正直な個人ブロガーじゃあない。
ネットには有象無象聖人君主からキチ○イまでラインナップが揃ってる。
今さら書くのもアレなので「橋本市長がTwitterを義務化する」辺りを検索して頂ければ色々な意見が噴出してる(ggrks)。
ももクロ」「ネトウヨ」「サイゾー」でもいい。


このような「釣った・釣られた」で騒いでいる人たちを見るたびに、小学生みたいだな、と思ってしまうのは私だけだろうか
もう、今更そんな感覚すら受けなくなった。


・ネットで釣られたら負けです/hagex-day.info
http://d.hatena.ne.jp/hagex/20130823/p11

個人的な感覚ですが、ネットの世界は常に釣り師から攻撃される戦場です。創作と気がついたら読み手の勝ち。まんまと騙されたら釣り師の勝ちです。釣りだけど内容が面白い… と読み手が納得したら引き分けでしょうか。まあ、審判もルールもなく、釣り師も本当にいるのかよくわからないので、 すべて自己満足&判定の世界ですけどね。

hagexさんの皮膚感覚は正しい。
ここまで「釣り」と「デマ」を別けずに書いているのは本質的にデマと釣りの差はそれほど大きくなく
「受け手がどのように捉えるか」
送り手の悪意もだが、受け手で大きく変わってしまうから。


ひとは、他人の間違いを嗤うのが好きだ。
「ピザって10回言って...じゃあ、ここは?」
と肘を指して「ヒザ」と言わせて引っかかるのを嗤う。
人の間違いや勘違い、そういう様を見るのを残念ながら面白いと感じる風にひとは出来ている。
慌てて家を出てきたヒトが右足にスニーカー、左足がサンダルを履いていたならそれを面白いと感じる。
ひとの間違いは面白い。
意図的にそれを仕掛け、誰かが引っかかるのは更に面白い。
いたずら、デマ、釣り。

「釣った・釣られた」で騒ぐ人間が小学生みたいに見えるのは本質的だからだ。
ネット上に現れる社会的な地位や名誉や実名から解放された人間の中身。
とても邪気と児戯に満ちてバカバカしく浅い。
悪意と善意の境目は無く、情報とデマの差はない。
だから日々リテラシーガーリテラシーガーと繰り返されるが相も変わらずバカはバカのまま。
クリープを入れずにコーヒーを飲んで胃を痛めるバカは後を絶たない。


・偏見→追記あります/ひきこもり女子いろいろえっち
http://luvlife.hatenablog.com/entry/2013/08/24/033906

言葉は、自分が話したいことを話すのに選ばれるけど、自分が聞きたいものしか聞かないって選ばれ方もする。

だれかが書いた言葉、読む人はいろいろ思う。

書いた人が答えを出してるわけじゃない。

読む人が自分の好みの答えを出す。

「これはウソだ」「釣りだ」って感想は、自分はその書かれた文章の前で「自分の門に鍵かけました」っていうことだと思う。


「おまえが長く深淵を覗くならば、深淵もまた等しくおまえを見返すのだ」
ニーチェが言ったが、人間は鏡を覗いて生きている。
誰かを好きになると言うのは、相手の虚像を自分の中に作り上げそれを好きになる行為で、誰かを憎むのも同じ。
アイドルという虚構を追いかけ、自分の中にアイドルを作り上げそれに恋する。


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山口雅也の短編「不在のお茶会」で登場人物らは、自分たちは「誰かが読んだ時に脳の中に再生される存在」だと語った。
文字を読み、脳の中で描く世界は人によって違う。
「カウンターの席で男はカレーを食べている」
この一文で脳の中にどんな男を描くかはそれぞれ違うだろうし、チキンカレーか野菜カレーかは読み手によって違う。
書いたものを書き手の意図通り正しく、誤解なくその通り受け取る。
そんなことは不可能だろう。


書き手が伝えたいという思いが読み手に伝わるか否か。
しかし書き手にはデマをまき散らすような人間もいれば釣り宣言をして嗤う人間もいる。
だからリテラシーガーと言われる。
「これは嘘だ」「これは釣りだ」
そういうニヒリズム満載の感想は「自分の門に鍵かけました」という事かも知れないが、その代わりに騙されづらいと言う事でもある。
書き手が読み手に「これをこう読んでくれ」なんて知らない。

読み手は勝手に好きなように読めばいい。
だから書き手は勝手に書く。
リテラシーだか何だか色々語られるが結局「自分の身を守るのは自分だけ」
釣りをされて釣られるのも自己責任。
デマを見つけて無意識に加担してしまうのも自己責任。


ま、カレーを食いながらこんな事を考えたってお話。
あと、カレーのカボチャが固かった。

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