エジプトが、何が何だかこんがらがってブルー

なんだかエジプトが騒がしいらしい。
とはいえよく判ってない。
エジプトの国立博物館が襲撃されたニュースは先日流れたけども
「前に政権交代してなかったっけ?エジプトどうなってんの?」
とニュースをあまり見ないと理解も出来ない*1
ので個人用にさっくりまとめた。

※以下、自分が理解するための個人的公開覚え書き


エジプトは、軍出身のホスニー・ムバラク大統領の独裁が1981年から30年続いてた。
2005年はアメリカが「中東の民主化を進める」って言ったもんだから選挙もやってるが実際は与党の国民民主党が議会の殆ど。
上っ面の民主主義。
実権を握ってるのは軍。
なにせ大統領は軍部出身、宣戦布告の権利すらない。


チュニジアで例の「ジャスミン革命」が起きる。
2010年12月、露天商の青年の焼身自殺が切っ掛けで大規模デモが起きて長期政権が倒れた。
2011年1月25 フェイスブックなどで呼びかけ大規模デモが起きる。
ムバラク大統領の退陣を要求。
「怒りの日」とか「1月25日革命」とか言われるらしい。

25日以降のエジプトは25日より前のエジプトに絶対に戻らない
革命が起きている。これは終わりなんかじゃない。
終わりの始まりなんだ

色々あったけど2011年2月11日 ムバラク大統領が退任。
軍(SCAF)に権限委譲する。
ん?それって表舞台の役者が変わっただけで裏方変わってないんじゃ...。


同年11月末に エジプトで人民議会選挙が開始される。
色々と「票の売買があるんじゃねぇか?」とか言われたりもしたが、
結果、自由公正党(ムスリム同胞団政治組織)とヌール党が第二党で合わせて議会の3/4。
イスラム原理主義な色が強い議会になった。

ところが2012年6月14日に最高憲法裁判所が
「前回の選挙の人民議会の1/3が違法」
と言い出して議会を無効に→議会解散になる。
議会の解散タイミングが絶妙過ぎだなwww


なにせ二日後の2012年6月16日にエジプト大統領選の決選投票締め切り
同時期、軍暫定最高評議会が、
「憲法統治権を最高評議会に」
憲法令発布する。
「大統領が誰だろうが司法は軍のもんだぜ」


結果、ムハンマド・ムルシィが大統領に。
そのムルシィ大統領は11/22に大統領決定を司法から不可侵にする大統領令を発令。
つまり司法は自分の手に無いけど「横から口出しするなよ」の一手。
そして大統領任期を5→8年にしたり。
この辺りで独裁っぽい匂いがしてくる。


2012/11/30
憲法草案を可決。
この憲法、イスラム原理主義指向がとても強いため、反対デモを誘発してしまう。
こんな筈じゃなかったのに。

・エジプト大統領令を撤回、新憲法の国民投票は実施へ
http://www.afpbb.com/article/politics/2915707/9967336


2013年6月30日 大規模な反政府デモ。
「反乱せよ rebel」
ムルシィ大統領辞任を求める署名運動は1500万人以上になる。
経済低迷、燃料不足、食品の値上がり、治安の悪化、理由は色々。
ともかく
「独裁者辞めさせたら良くなるかと思ったのにダメじゃん」


そして、7月 軍がクーデターを起こしたんだそう。
エジプト軍全権掌握に、トルコ各党一斉に批判声明
ムルスィ大統領が軍に拘束→代わりに憲法裁判所長官アドリ・マンルールを指名。
軍主体で暫定政権立ち上げ。
ベブラウィ暫定首相。
エジプト暫定首相にベブラウィ氏 リベラル派の元財務相


今月、8月14日に
軍vs ムルスィー前大統領派の内戦。一週間で800人以上の死者を出す。
外出禁止令。
そして8月20日にムスリム同胞団ムハンマドバディーア氏拘束。翌21日に裁判所がムバラク釈放(保釈)

「独裁者辞めさせたら良くなるかと思って革命おこしたのに、代わりの大統領は宗教色強過ぎて憲法まで偏ったものになりそうになるわ、世の中全然よくならないし、おまけに軍は軍で裁判所と組んだり実権は手放さず結果クーデター。あんなにブーイング浴びたムバラクはまた支持されてる」
なんじゃこれは。
傀儡の大統領を輩出して実権を握ってる軍が、ずーっと力を持ち続けてる構造。
ムスリム同胞団が力を持とうが軍は軍で強権持ってるんだものなぁ。

エジプト軍、絶大な存在感 ムスリム同胞団とは敵対関係


さっくりまとめた。
宗教、政治、軍、革命、SNS
ふぅぅぅ、ドロドロさがパねぇわ。
「国際的な帝国主義勢力の力」...。

仔細違ってるかもしれないが、おかしいと思ったらそーいうのはggrks。
ネットの拾いものを集めただけ。
自分用のメモにまで責任はとらん。

*1:ちなみに襲われたのは、南約300キロにあるマラウィ国立博物館