「ナンバーガール」を懐かしんで考えてみた

急にだが、ナンバーガールの事を書く。
なんとなく書きたくなった。

ナンバーガールは、日本のオルタナティヴ・ロックバンド。1995年8月に福岡で結成され、2002年11月30日に解散。SUPERCARやくるりなどと共に、1990年代の邦楽インディーズ・シーンを象徴するバンドとして知られる。

90年代の邦楽ロック界。
イカテンでのバンドブームの余韻が残る中、多くのバンドは日向から日陰へ消え、ブランキージェットシティなど一部のバンドだけが生き残っていた。
ブルーハーツは諸般の事情(もごもご)により↑THE HIGH LOWS↓になってたし、ミッシェルガンエレファントのライブチケットは毎回ソールドアウト。ギターウルフは革ジャンを着て汗だくでビールを浴びるように飲み、おマンチェ好きはスーパーカーの「スリーアウトチェンジ」に見事打ち取られた。
そんな時代。


ナンバーガールを始めて知ったのは、当時観てたM-ONだったかスペシャだったか、音楽系のCSチャンネルで観た透明少女のPVだった。

メガネでロック。
がなり立てるような向井のボーカルは演奏にかき消され言葉が見えず、歌でありながら音ではあるけどその意味は消えている。ピクシーズのフランク・ブラック・フランシスみたいな怪鳥を思わせる叫びに、どこかせつなく激しくかき鳴らされるギター。
SCHOOL GIRL DISTORTIONAL ADDICT
オルタナティブロックのオルタナがなんなんだかもよく解っていなかったが、その音を聴いた時に一気に魅せられてレコード屋へダッシュしてインディーズの棚を探しまくった記憶がある。


日本における多くのロックンロールとは、青春と不良だった。
若いから反発し、アウトサイドを歩く。

ナンバーガールは、向井のメガネであり、ポロシャツ。
メガネは、不良に反する。
不良でもなんでもない部活動の延長線上にも一見見えるカジュアルな格好。上っ面の「不良ロック」なテンプレートを踏襲しない。
ロック=モテる、ではなくイメージ上の「普通の青春」のカリカチュアライズ。

海外ならウィーザーのリバースにも見られるロックンロールとメガネの間の矛盾。
それを飛び越えて、鳴らされるリビドーに裏打ちされた「青春・ロック」は、日本の「ロックンロールとは何か?」を改めて考えさせた。
ただ今となってみれば、それはシューゲイザーでのフィードバックノイズだし、文系からのロックの系譜だったんだろう。
ジザメリやマイブラが居る。

筋肉少女帯大槻ケンヂは不良でも無く、ヲタクとして独自の妄想世界を歌った。
現実世界において社会人として、アウトサイダーとして
「ロックで食う・生きる*1
生きる事とロックは実際的に食う手段としてアートでも無くただの生産物であると、ロックという音楽を生活手段として生きる日常に向かい合い、それを皮肉って見せたが、それを越えた次元でナンバガは、
「青春とは、初期衝動とは、性衝動とは、ほとばしる力をただ叫びたい」
そういう根源的なユースカルチャーとしてのロックンロールを体現してた。


多分、邦楽で一番観に行ってるバンドはナンバガだと思う。
日比谷野音なんて毎年欠かさずに行ってた。
ミッシェルはチケットが取れなかったから数度しか行ってない。


歌には当然歌詞が存在する。
歌詞は言葉である以上、意味からは離れられないし、意味を持てば俗物になる。
日本語の意味を離そうと画策し、だから英語に逃げて
「ストップ・ザ・シーズン・ユア・マイ・ドリーム♪」
と歌ってさらに寒い事になる。

ブランキーは、ベンジーの世界から生まれる独自の感覚でポエムを歌い、ミッシェルガンエレファントはその世界を抽象化する事で歌詞の意味から離れた。
ギターウルフは、不良とロックの概念化した記号をただただ歌い体現する。

向井は初期衝動を歌う。
その声が音と一体化する事で歌詞が掻き消え、典型的な
「ボーカル+バンド」
という構成ではなく
「バンド(ボーカル)」
バンドはボーカルの背後で鳴るのではなく、楽器と同列にボーカルが存在し、ギターがコードを押さえられ鳴らされるのと同じように、向井の歌は歌詞をただの音階として鳴り響く。
「繰り返される諸行無常、蘇る性的衝動」
なんども使われる歌詞は既に本来の意味を無くし、人力サンプリングと同じく繰り返される事で記号化する。
記号化した意味の分からない歌詞。
それは声と歌を単なる音にするための手段として機能している。

2002年にバンドは解散する。
その後、向井は「ZAZEN BOYS」として更に深化をしている。
変速リズム、サンプリング、実験性。
掻き鳴らされていた初期衝動は、ロックンロールと言う形骸化したジャンルを越えて、インプロバイゼーションを含む変態ロック音楽として昇華しつつある。
つんのめるような変速さ、異様に長い溜め(30秒近く全員が身構えたまま固まったり)、急なアドリブアレンジ。
向井ほどに「言葉」と言うものを操れるミュージシャンはかなり稀有だと思う。


別ユニットKIMONOS。
ドラムマシンやシンセなどを使い更に新しい音を鳴らそうと画策した。


しかしブルーハーツと↑THE HIGH LOWS↓が違うように、
ミッシェルとTHE BIRTH DAYが違うように、
筋肉少女帯と特撮が違うように、
ナンバーガールZAZEN BOYSもまた違う。
あの当時、鳴らされたケミカルはZAZEN BOYSでは聴けない。
若さと初期衝動と、背中を押され続ける意味の分からない感情と、そういう清濁併せた何かに裏打ちされたあの音はもう無くなってしまった。

本能寺でずっとずっとずっとずっと待ってる。

未熟で、勢いで押し切った、そういう音が本当に好きだった。

人間の脳内とか心の中っていうのは、いろんなものが渦巻いてると思ってるんで、その状態を音楽で表したいと思ってるんですね。
だから、今回の歌詞は思いついた言葉をそのまま乗っけましたっていう形で、私にとっては非常にシンプルな作り方なんです。
ただ、今私が思いついた言葉、脳内言語をホントにそのまま歌詞にしてしまうと、分裂症の病人が書いた文章みたいになるんで、そこはやっぱり自分のテクニックを用いて、ひとつの音楽として自分が面白いと思う形に持って行くわけです

向井秀徳インタビュー「すとーりーず・おぶ・向井秀徳」

日比谷野音のセットを、ビール片手に酔っぱらった向井が昇ってた(上の照明までハシゴみたいに足場が組んであって、そこを向井が昇って行ってなぜか上で客席に手を振って、そのまま降りてきただの上機嫌な酔っ払い)バカな光景を忘れない。
すとーりーず
SCHOOL GIRL BYE BYE

*1:そしてサブカルで食う、文化人で食う