「カフェでよくかかってるJ-POPのボサノヴァカバーを歌う女の一生」 “サブカル”と言う死体を蹴る一冊

カフェでよくかかっているJ-POPのボサノヴァカバーを歌う女の一生
本当は久保ミツロウ×能町みね子×渋谷直角今夜はブギー・バック」のボサノヴァカバーCD付きのが欲しかったんだけれどもなんだかんだ買いに行き損ねて、そんな事言ってる間にどんどん時間が過ぎていくので仕方なく通常版をワクワクしながら買った。
「カフェでよくかかってるJ-POPのボサノヴァカバーを歌う女の一生
ホラーだよ、これわ。
読んでてこんなに鳥肌が立った本も久しぶり。


自身を振り返ってみると昔は、ダウンタウンにハマりお笑い論を考え、ピチカートはスルーしたがフリッパーズやカヒミ・カリィコーネリアスにどっぷりハマり、バンプオブチキンもインディーズ時代の二枚目までは聴いてたし、ライヴも観に行ったし、TV Brosも昔から読んでる。
一歩間違えればこの作品で描かれてる方々になっててもおかしくなかった。

サブカルとオタクは「オシャレリア充(という勘違い)なサブカル」と「非リアなヲタク」という二極にあって、しかしヲタクのモラトリアムが自身の知識欲や収集欲などに端を発するのに対し、サブカルの根本は自己顕示欲と承認欲求

自分を観て欲しい、他と少し違う、オシャレで知識があり、斜めから物を見て、他者とは違う特別な自分を。


表題作「カフェでよくかかっている~」に出てくる主人公は、そろそろ結婚適齢期だが未だに歌手としての夢を諦めきれずにクリーントーンカヒミ・カリィみたいな声でオシャレなバンドをやっている。
平日はコールセンターのオペレーターとして働き、プロデューサーと付き合っているがCDデビューはいつまでも出来ずにいる。
友だちはサブカル系ライター(売れない長谷川○蔵みたいな)と演劇人。
ラーメン屋で働き始めた友人を「ラーメン屋なんて最悪」と見下し、いつかCDデビューして自分が特別であることを証明したいと思っている...。


こういう業の深さは岡崎京子の作品なんかでも描かれているように思うが(岡崎京子を読んでるオレ、サブカルおしゃれカッコいいみたいなのとは違うお話で)平坦な戦場の先にあった、広大なインターネットによってあらゆる裏面が語られ、上っ面の価値観は崩壊している現代で、サブカル的なものは崩壊し、その上っ面は薄っぺらくなってしまった。

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岡崎京子

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TVブロス、クイックジャパン、ナタリー。
それらサブカルの残党はかつてのサブカル的なものを反芻したり、ももクロや今のインディーズアイドルなどに活路を見出している。コンテンツの存在を論じ語る事で意味性を新たに付与するのがサブカル。
だからこそ今やそんなモラトリアムは薄っぺらく寒々しい*1
大槻ケンヂは「サブカルで食う」と言い、いとうせいこうは相も変らぬバランス感覚でボタニカルライフなどと言い始めてる。
アングラがアングラで無くなった今、サブカルの生きる道は狭い。


「カフェでよくかかっている~」の主人公は、結局J-POPのボサノヴァのカヴァーCDを出すが大して売れずに終わる。
しかもゴムも付けずにやられたせいで妊娠してしまい業界を諦めざるを得ない。

最後のカット。
椅子に座り、浮ついた目で赤ん坊を抱えたまま、それでも夢...いや執念を諦めきれない空洞の目はとてもこわい。
どこも見ていない、何も見ていない。
ただ満たされない承認欲求だけがそこにある。
情念、怨念、勘違いがこじらせたまま何一つ昇華しない虚ろな姿。
書きながら思い出してもぞーっとするホラー。


短編集だが、作品に出てくる登場人物はだれも救われず、誰も承認欲求を満たせない。
勘違いを、勘違いしたまま、勘違いの痛い人々。
まったく救われない。


サブカルの指向の先は承認欲求の充実と社会的成功だが、ヲタクの指向の先には自己充実がある。
ヲタクの内向きのベクトルに比較してサブカルは外向きのベクトルが強い。
外向きのベクトルは承認されればカヒミにでも坂口綾優でも成れるが、達成できなければ単なる「痛い」人になってしまう。ヲタクは自己の知識欲のままに趣味のままに突き進むから「痛さ」は関係が無い
だからこそヲタクは生き残りサブカルは死んだ*2

サブカルの「痛さ」は外向きであるが故に痛い。
デトロイト・メタル・シティ」のクラウザーさんの正体は、カジヒデキなどに憧れるサブカルクソ野郎として描かれ、その価値観は作中でも既に痛々しい。


今やサブカルに夢を見ていた層は壊滅して、今はFacebookでの意識の高い方々へとシフトした。
有名人と繋がることで自分も高みへと行けるような錯覚を覚え、無駄な有料サロンに金を支払い自分が選ばれ特権を得たように勘違いする。
InstagramやFacebookに写真を貼り付けて自分のイメージをつくろうとする。
Studygiftで大炎上した坂口綾優みたいな「空とポエム」の胡散臭さはとっくに解って居る筈なのに、しかしInstagramでのフォロワーは未だに27,000人を越えてる

カメラぶら下げて街歩いてるベレー帽斜めに被った女 
山ほどいてますやんか、特に下北とか。
そんなヤツが撮ってるのなんて
“空、猫、イヌ、オシャレなカフェのカプチーノ上から”
絶対これです。
あとちっちゃいサボテン。ブログにアップして。

小籔千豊


勘違い、ポーズ、アピール、承認欲求。
かつてそれらを受け入れる受け皿は無かったが、今やSNSがその代替えとして機能していて、「痛い」人々は未だ偏在してネットで散見出来る。


とっくにサブカルは死んだ。
この本はサブカルを殺したのではない。
サブカルの死体を蹴り倒す
そういうこわい作品だと思った。

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*1:そんな事言い始めたらこのブログだってモゴモゴ...

*2:とはいえヲタクもライトになりかつてのヲタクでは無くクラスタと言う方が適当かも知れない