「ネット民の過半数が陥る”俯瞰中毒”」なんて釣りタイトル

・ネット民の過半数が陥る”俯瞰中毒”の症状とは?
http://togech.jp/2013/09/26/3605

思うんだがこのトゥギャッチの小野ほりでい連載って
「何か新しいネット行動・概念に対して名称をつけてそれが生き残れば「ふふふ、アタシが命名したんだよ」と名前を刻もうとしてる」高度な(下衆な)情報戦なんじゃねぇか?」
と言う深読みは意外と当たってるんじゃないかと思ったり、全ては秘密結社の仕業だと思っている陰謀論者です(信じるか信じないかはあn...(自粛))。

で、じっくり読んでみた。
なんだかなぁ。
...今回は難しい事をやり過ぎたのか穴が大きいように思う。
いつもみたいに適当に決め打ちでやりゃいいのに理屈を並べようとして...。


タイトルは「ネット民の過半数が陥る”俯瞰中毒”」とついてるもんだからメタ的な「ネットのコンテンツに対して上から目線で語ってる事を揶揄する記事」なんだろうなぁ、と思って読み始める。
ところがまず恋愛の判断基準辺りから始まって雲行きが怪しい。

まず大前提としてあるのは、「人間という高度に発達した存在は、常に動物的な価値基準と精神的な価値基準の板挟みになっている」ということよ。
(中略)
カンタンよ。動物的な価値基準は例えば…。
・外見がいい
・お金を持っている
・友だちが多い
・モテる
・権力を持っている
このように指摘しているが「動物的な価値基準」とする
「モテる」
モテるのは何かしらの要因があった上で「モテる」んじゃね?
外見がいいし、お金を持っているからこそであってこれは既出で重複してる。
外見がいい→だからモテる
お金を持っている→だからモテる
権力を持っている→だからモテる
それに「友だちが多い」「権力を持っている」は、社会的要因であって動物的基準に準じるでしょ?と言われるとしっくりこない。
まぁ、難しい言い方をしてるが「外観で判断」「内面で判断する」それだけでしょ。

しかも

見た目や収入、友だちの数のように、誰の目にも分かる幸福の価値基準で敗北した人はあいまいで抽象的な、”精神的な価値基準”での逆転勝利に狙いを変えるのよ
「幸福の価値基準で敗北」っていうのは異性を見る時に外観的な判断で負けたら内的要因で逆転しようとする。
それを指してる。
タイトルは「ネット民の過半数が陥る」というのに、この文だけだとおかしい。
だってネットでの俯瞰中毒なのに外観とか関係なくね?
逆転勝利って何?


で、ここから更にカオス。
3.カテゴライズして勝つ! サブカルエリート主義とヒエラルキー
4.動物的価値と精神的価値 「結局顔かよ」に込められた僻み
5.自意識と俯瞰 繊細チンピラ論
6.まとめ フローチャート(中身はモテ・非モテ


えーと、章ごとにテーマが変わり全部ひっくるめて「ネット民に広がる俯瞰中毒」がテーマ?
4と6はモテ非モテ
3と5はネットのメタ視点からの攻撃と優越感。
なぜ一緒くたになってる 笑

まとめでモテ・非モテのチャートを挙げて
「ネットにクソみたいな文章を挙げないため」
ってのもズレてないか、これ?
まとめにこれがあって冒頭に「モテる」があるんだから、モテ・非モテ
「「外観重視じゃなくってあたしは内面で判断するし、外観でしか判断できないって薄っぺらいよね」と口にする奴は自分は外観で判断するクセに」
それだけの中身なんだよ。

でもタイトルが
「ネット民の過半数が陥る”俯瞰中毒”」
だからはてな民は
「はてなはネットを俯瞰して見下ろしてあざけってるぜ」
とブーメランを食らった気になってる。
いやいや、そのブーメランは明後日の方向ですぜ。
だってまとめは結局
「モテるモテないに関して自分のモテなさを正当化してるかしてないか」
フローチャートであってネット民に広がる俯瞰中毒でもなんでもない。


まぁ、人間慣れない事はするもんじゃないと言う事の見本。
言いたい事とタイトルと中身が乖離しすぎて入れ込み過ぎた結果こんがらがった。
いつもみたいにシニカルでニヒリズム、でも単純な構造にしとけばよかったね。
これからは素直に読まないようにします(タイトルだけで反応しちゃったよ)。


この記事がホントの「俯瞰」な位置という。
ネットのバカ (新潮新書)