映画「ザ・マスター」が大傑作だけど人には勧めない

新興宗教の教祖・マスター(フィリップ・シーモア・ホフマン)と教団の要であるマスターの妻・ペギー(エイミー・アダムス)。
2人はアルコール依存を抱え、人生に迷う元兵士フレディ(ホアキン・フェニックス)に出会う。彼の登場は教団の未来を左右するのだった・・・。
ポール・トーマス・アンダーソンの新作。
とても面白かった。
この監督はハズレ無いなー。

iTunesのレンタルで視聴。
ちなみにiTunesの「評価とレビュー」に

1.ザ・マスター字幕版
★☆☆☆☆byイマリン -26-Sep-2013
全く面白くなかった。意味がわからない
時間のむだでした


3.時間の無駄
★☆☆☆☆byひと@映画ファン -27-Sep-2013
盛り上がりどころもなく、メッセージ性もなし。時間の無駄。★1つ

「何も読み取る気もないのに文句だけ言いたい」
ただそれだけ。
もし素晴らしい文学があっても日本語が読めないなら意味がわからないのと同じ。
メッセージ性が無いんじゃなくお前が理解出来なかっただけなのを映画のせいにするなよ。
こんな連中ばかりだから、バカみたいにハッキリと誰にでもわかる簡単で易しい映画ばかり作られる。
もっと判りやすい映画を作れよ。もっと説明しろよ。
本当にくだらない。

まず軽口の感想を数行。


酒、女、暴力、戦争、セックス、宗教。
ホアキン・フェニックスフィリップ・シーモア・ホフマンの超絶演技がこってりぶつかり合う、いかにもアメリカ文学的なお話で、観る人によって完全に評価が分かれるのは暗喩をどう観るか、或いは観れてないかによって変わるんだと思う。
ストーリーは起伏も無いけど二人の演技でご飯三杯食えるくらい味が濃い。
サントラはレディオヘッドのギター ジョニー・グリーンウッドが担当。

個人的には、とても面白かったけど(Bluで買いたくなった)誰もが観て楽しめるかどうかは別。
アメリカと言う国を、この映画が暗喩で何を指してるか考えながら観れば面白いかも知れない。


以下はネタバレかも知れないけど、ネタバレしたら面白くない作品では無いので特に気にしてない。
珍しくキチンとしたレビューを書いてみるので(おぉ)殆どの人に以下は面白くない筈。一部の方だけ読んでいただければ良い。
映画は観てないと少しわかりづらいかも知れない。
では、一部の方だけ以下をどうぞ。

☆★☆


夢の国アメリカ。
そして病める国アメリカ。

よくある「元兵士が信仰宗教に出会う話」だと胡散臭い宗教に主人公がハマるがどこかで破綻して嘘が明るみに...
そんな話が多いがこの映画はそういう風に展開しない。

主人公フレディ(ホアキン・フェニックス)は、様々なものから逃げて来た。
人生のあらゆる要素から逃げて、そして宗教家と出会いその宗教団体 コーズという言わば“舟”の乗組員の一人になる。
“舟”ではフィリップ・シーモア・ホフマンが、名前でも実質的にも「マスター」(影でペギーが操ってるが)
宗教団体は「マスターに自分の人生を預けた人々のコミュニティ」と言う意味合いで登場する。

同じところを繰り返し繰り返し歩かされるシークエンス。
フレディの洗脳シーンだが、暗喩としてはフレディの人生をフレディ自身に味わわせてる。
壁があり窓があり、それを触って表現させる。
何度も何度も往復し、繰り返し、表現する。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
フレディは自分の人生から逃げて来た。
だから酒に溺れ自分の人生と向き合おうとしない。
怖くなれば走って逃げる。
ダンスの相手を変えて繰り返し踊り続ける人生。

シーモア・ホフマン:僕はこの作品を、父と息子、あるいは指導者と弟子のような関係にあるふたりの男を描いたものだと思っている。どんなタイプのリーダーシップにも当てはまる物語だろう。人々が権力によって導かれるという現象も含めてね

『ザ・マスター』フィリップ・シーモア・ホフマン インタビュー


「マスター」と「迷える子羊」は父と子でもある。
二人は出会い徐々に父と子の関係性になる。
アメリカ文学的「父が子供に叡智を授ける」
しかしフレディは失敗する。
本質的にフレディは、どれだけ逃げ回っていようと自分の人生と言う“舟”のマスターであって、誰かの舟に乗って乗員の一人として骨を埋められる存在としては描かれていない。
「自由」とは誰かに仕える事ではなく、自分の意志で自分の人生に対して、どれだけひどい人生でもそれを受け入れ過ごさなければならない。自由は自由であるが故にその責任も自分で負うのは当然。
例え父親がアル中で死に、母親が精神病院にいて、自分は軍を辞めて社会の最下層で酒を浴びるように飲み、彷徨い歩いて行く先々の女性と寝るような。
そんな人生でも。
どんな小舟でもそれは自分だけの舟。


巨大な窓、遥かに広い空間。
一旦は離れ、再会する二人。
マスターの豪華な執務室は、宗教団体コーズと言うコミュニティ“舟”の規模とその船長室を暗喩してる。
対して、最後にフレディが女と寝る屋根裏部屋の小さな部屋は彼の人生。

再開した時、二人の関係性は父と子ではなく友人に変わる。
何かを教えられる与える存在ではなくそれぞれが自分の〜マスターは宗教団体コーズの、フレディは自分の人生のマスターとして。
フレディは海岸の砂の女の横で眠る。
波に攫われ、消えて、また新しい女を砂で作り上げる円環構造。


演技って言うのは何か。
それは説得力だと思う。
誰かが同じセリフを口にして、それを観客が納得出来るかどうか。
セリフってのは言葉だけじゃなくて表情やしぐさ、目線、様々な要素が絡み合って出来上がってる。
単に上手く読めばいいってもんじゃない。
だから役者に声優させると今ひとつになる。
(声優は声だけで説得力を出すし、役者は声以外も含めて説得力を出すんだから)
この作品の主演二人の演技は役そのもの。


...一回しか観てないのでこんなもんか。
さらに最後の二人のやり取りの繊細さとかひとつひとつ観ていくとものすごく細かいところにまで気を遣ってるのがわかる。
シーモア・ホフマンの歌とかね...。
イギリスに行くのとか、あの展開も何かありそう。
ペギーとマスターの関係とか。

どこが現実でどこが夢なのか。
そのシーンがそれぞれ何を指してるかをいちいち説明なんてしない。
だから「ぽかーん」と口開けて観てるなら「何のストーリーも無いなー」なんてアホみたいな感想しか残らない。
後半、映画館のシーンは夢だし(一切説明無いけど)。


それにしてもAmazonのレビューもなんだかピントが今ひとつ。
“宗教って”とか“なんだか理由が描かれてなくて”とか、いやいや何を観てたねん 笑

ザ・マスター [Blu-ray]