イメージと先入観 「そうだ、京都へ行こう」

とある昆布がある。

フィルムでパッケージされた昆布。
「北海道産 厳選昆布」
そんな筆文字が躍っている。
「お?なにやら良質なダシが取れそう」
そんな印象を受ける人が多いだろう。

「昆布 産地:シンガポール」
そんな風にこっそり書いてある。
「なんかB級品なのかな?」
そんな印象を受ける人が多いだろう。

でも果たして「北海道産の昆布の方がシンガポール産よりも美味い」食べ比べた人がいるのか。
もし北海道産のものを食べたことがあったとして
「北海道産の昆布はやっぱり超絶美味くて他とは段違いだ」
でもシンガポールを食べてないのになぜ北海道の昆布の味が圧倒してるとわかるのか。判らないけれど国内産の方が美味そうじゃないか、とか思ってるんだろうか。

そういう「よく判らないが国内産と書かれていると何やらすごそう」な印象。
原産地、書き方、「厳選」「特選」と言った何が基準か判らないプレミア感。
国産への盲目的な信頼。
でもワインはフランス産、みたいな。

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雁屋哲,花咲アキラ

小学館

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マンガ「美味しんぼ」では山のように薀蓄を並べ立てる。
「この佛跳牆と言うスープは中国福建料理に伝わる伝統的な高級スープで「このスープの美味しそうな香りに、普段は厳粛な修行僧すらお寺の塀を跳び越えてやってくる」からファッチューチョンと名付けられたんです」
そんな薀蓄を聞くと「あぁ、このスープは昔から美味いとされてるのか」となぜか納得してしまう。
でもどんな料理でも作る人間によって味は変わるのは当たり前。
彦龍のオヤジが作れば不味い佛跳牆が出来上がるかも知れない。
でも、そんな逸話を聞くだけで「美味そうなスープだな」と思わされてしまう。

○○産の素材だ=だから美味い。
いやいや必ずしもイコールじゃない。


さっきどこぞで「京都っていいなぁ」みたいな記事を読んだ。
旅行だと三条四条と京都駅だけ回りゃそれなりに買い物もできるから便利だし、名所も決まってるしテンプレートが充実してる。

でも京都って盆地だから夏暑くて、冬は底冷えするし住むにはあまり向いてない。
滋賀や奈良、大阪、和歌山、大分、沖縄、東京。
どんな町にもそれぞれ良いところがあるのは当たり前。
そんな中、京都はえも言われぬ格別の雰囲気がある。


京都に来ると名物として湯豆腐が出される。
それを
「美味い美味い、京都の名物はあっさりして上品だなぁ」
などと言って観光客は食うわけだけども、それを出す京都人は
「うわ、豆腐美味いとか言うて食うてるで。あれ味覚音痴やで(クスクス)」
と陰で笑うんだ、なんて話を昔聞いた事がある*1


京都の家では昔、お客さんが帰ろうとすると
「ぶぶづけどーどす?(お茶漬けでもいかがですか?)」
と言われ家人に引き止められたんだそうだ。
もちろん
「いやいや結構です。お気遣いおおきに」
と言うところまでが別れのテンプレート。
帰ろうとする→引き止める→断る

もし、そこで「ほしたら頂きますわ」なんて言うのは無粋極まりない。
ナイトスクープで小枝がやってたけど)

「京ことばを残す会」助言者の木村恭造さん(76)は「茶漬けは簡単で安易な料理の代名詞。『おもてなししない』、つまり『はよ帰れ』という意味につながったのではないか」と言う

【ぶぶ漬けでもどうどす?】京の本音 察しておくれやす


京都って
「そうだ、京都へ行こう」
「古都」
「歴史都市」

虚構が偏向フィルターとして機能しイメージ戦略に成功した。
ハイコンテクストな「荘厳」「歴史ある」「昔の風情が活きている」
そんなん、ホンマにあるんどすかねぇ...。
思い込まされてるだけちゃいますの?

京都から外へ出てくる人間は、上岡龍太郎とか島田紳助とか木村祐一
理屈っぽい人間が多いのも面白い。
全然はんなりしてない 笑
はんなりしてないからこそ京都から飛び出したのかも知れない。


今日もブログを読んでいただいて、ホンマにおおきに。
ぶぶ漬けでもどうどすか?
そんな遠慮しはらんと。
...ホンマどすかぁ?寂しおすわぁ。
ほな気ぃつけて、さいなら。
KYOTO (季刊京都) 2013年 10月号 [雑誌]

*1:ホントかウソかは知らない