伊坂幸太郎「グラスホッパー」を読んだ

まったく不用心だ。
この扉にはいつも鍵がかかってない。
何も言わずに中に入って行く。
カマキリみたいな顔をした岩西がスチール机にふんぞり返って文庫を抱えて一心不乱に読んでいた。
「..何が簡単な仕事だよ!」
向いのソファーに座りながら言うとようやく岩西が気づいた。
ったく、不用心なんてもんじゃねぇな、こいつは。
「おぉ!蝉じゃねぇか。帰ったか」
「帰ったかじゃねぇよ、毎度めんどくさい仕事ばっかり...」
「まぁまぁ、そういうなよ。ところでお前この本知ってるか?」
言って、手に持った本の表紙を見せてくる。
グラスホッパー (角川文庫)
グラスホッパー?バッタか?知らねぇな」
「本ぐらい読め。ジャック・クリスピン曰く「人間が生み出した最高の発明は活字だ」ってだな...」
「おめぇのジャック・クリスピンは聞き飽きたぜ。んでどんな中身なんだよ」
ホントにめんどくせぇ...とっとと話を聞いて報酬貰って帰るしかねぇ。
岩西のニヤつく顔を見てると、どんどんムカついてくる。
「これは殺し屋の話なんだよ」
「殺し屋?オレと同じじゃねぇか」
「そうなんだよ。うちらの業界話だな」
「殺し屋に業界なんてねぇっつーの。で?」
「おぉ、それで色んな殺し屋が出てくるんだよ。鯨とか押し屋とか」
「鯨ってあの自殺屋か。押し屋は架空だろうが?」
鯨は聞いた事がある。実在する殺し屋でどうやってるんだか相手を自殺させる手口を使うらしい。
めんどくせぇ、オレみたいにナイフで刺しちまえば簡単なのに。
押し屋ってのは、相手を突き飛ばして殺すとか言われてるが誰も見た人間はいないそうで幽霊とか都市伝説とか、そういうヤツだろう。
「いいんだよ、小説なんだから。で、そんな中に復讐を誓って業界に入り込んだ素人が巻き込まれる訳だよ」
「ふーん、復讐ねぇ。そりゃ恨みは色々かってるだろうからな」
「登場人物が何人もいてそれぞれの視点から描かれるバラバラの話がドンドン繋がって行くんだよ。おまけに鯨って殺し屋の手口が超能力みたいで...」
...長ぇ。
かなりめんどくさくなってきたな、こりゃあ。
興味を示してやれば大人しくなるか...。
大体、人を殺して帰って来たばっかりの人間に本をオススメする神経が解らねぇ。
「おぉ、面白そうだな。じゃあ貸せよ」
「まだ駄目だ、読み始めたばっかりだからな」
...んだよ、こいつは。
「今度の仕事が終わったらな」
「は?!帰ったばっかりだぞ」
「まぁ、そう言うなって。今度のは儲けがでけぇんだよ。今、写真出すから...」
岩西は本を机の上に広げたまんまうつぶせに置いて、机の引き出しをガサゴソやりだす。
しおりくらい使えよ...。
本が傷むだろうが。
ま、いいか。オレの本じゃねぇし。
それにしても腹が減ったな。
この分じゃ帰る暇もねぇのか。
砂出しするために真水に入れたシジミは砂を吐きだし終わってるだろうな。
あんな本読んでる暇があるなら、家に帰ってシジミを味噌汁にしてぇ。
グラスホッパー (角川文庫)