浜村淳の話芸とタージンのテクニック

昨日、浜村淳の事を書いた。
軽妙な語り口と知識、発想力と間合い。
あの絶妙さは、なかなか文章で出せない。
一応挑戦として
松井優征のマンガ「暗殺教室」を読んだ
記事を考えながら浜村淳風に文章を考えてみた。
上手くいかなかったが、考えているその中、浜村淳の先にタージンがいた。


タージンは元々朝日放送おはよう朝日です」のバーゲンダーとして活躍。
関西ではレポーターとして有名。
語り口が柔らかく軽妙で一見「浜村淳の後継」に思える。
脳内で文章を浜村淳に変換していると、いつの間にやらそんなタージンになる。

登場する際に、最初はしゃがんでフレーム外に待機、喋り始めてから立ち上がってフレームインするという手法を開発した。また、画面いっぱいのアップからカメラ目線のまま後ずさってズームアウトするという登場手法も多用している。加えて、食べ物を口に運ぶのではなく箸に取った食べ物の方に口を近づける、リポートの終わりには表情を変えずに5秒間静止する、など「編集いらず」とまで呼ばれる数々のリポートテクニックをもつ

タージン/Wiki

知らない人に説明すると高田純次と彦摩呂を足したような存在なのだが、浜村淳に近い話芸を持ちながらしかし浜村淳の後継としては違和感がある。
浜村淳の語り口は、裏付けのある知識と本人の情熱、それらがバックボーンになり確実な技術に支えられ話芸に昇華してる。

しかしタージンの巧妙さは軽薄さと紙一重。
テクニックはあるが、その裏付けと重さがない。
レポートは耳心地よく立て板に水のようにするすると流れてゆくが、残念ながら心に残らない。
だからこそレポーターに向いているといえるし、だが浜村淳の後継としては角落ちする。

道を歩いてるヤンキーの方に声をかけて、道路にチョークでアミダを書く。
当たれば賞金、外れれば丸刈り。
今では考えられないような企画ですが当時はこんなんも許されたんですなぁ。
平和と言うかのんきというか、ある意味生きやすかったんかも知れません。


脳内変換で浜村淳のテクニックだけを純化して考えるとその先にタージンがいる。
軽妙で巧妙、そして軽くて口当たりが良い。
ただひたすらに中身が薄い。
別にタージンさんに対して悪意も無いんでございますが、わたくしの空想の中の浜村淳さんが、いつの間にかタージンになってしまう自分は、まだまだ修行が足りませんな、ということでこちらからのレポートは以上になります。


※PS
「話芸」と言うとやはり落語を通ります。
語り口の上手さ、と言うと米朝師匠を思い出します。
柔らこうてそれでいてキチンとしてる、素晴らしいですなぁ。

枝雀師匠も素晴らしい。
表現力が違いますなぁ、まさに天才。
枝雀らくごの舞台裏 (ちくま新書)