怒り新党「新三大ジョン・ケージの音楽」がわからなかった人へのガイド #1 4:33

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10114720105

komachitokiさん

「マツコ・有吉の怒り新党」をみてます。ジョン・ケージをとりあげていますけど、クラシック音楽家なの? 楽器じゃないものを使うのはわからなくもないが、ラジオを流したり、水でブクブクしたり、ピアノの弦にトランプをおいたりなどが音楽?
音楽の概念をぶちやぶり切りたかったんですか?

質問日時:2013/10/10 00:11:26ケータイからの投稿

qjaumgemtwkさん

電子的な音、自然の水の音、もう一つは忘れましたがそれらの融合と言うには音の出し方が雑だなと思いました。人がぶくぶくしたのを自然の水の音とするのか・・・。あと、色んな音を使うにしても音楽として成立させないといけないのでは?これはただの音じゃ?と。
才能のある方にはわかりませんが、私的にはあれは音楽としてなしです。

ケータイからの投稿回答日時:2013/10/10 01:39:14

昨夜の「マツコ・有吉の怒り新党」を観てたら新三大のコーナーがジョン・ケージの音楽だった。
アンビエントとかテクノ辺りを通った人間(もしくは音楽的教育を受けた)ならお馴染みの名前だけれどもスタジオの二人にはよく判らなかったらしい。
上のYahoo知恵袋みたいに「音楽としては無し」みたいな勘違いな意見も出るので、ここは少し理解を促すための言語化をしてみる。
まずは有名な「4:33」から。

「4:33」は楽譜に休符しかない。
演奏者は何もしないで4分33秒を過ごす。
そうすることで観客は周囲の音を聞く事になる。
コンサートホールなら隣のオッサンの鼻息とか、自分の心臓の音とか、空調の響き、パンフレットをバサバサしてたり。
そういう「聞こえる音全て」をパッケージにしたのが「4:33」


「そんなもんヘリクツやんけ」
「なんか演奏してたら音楽だけど演奏してなきゃ音楽じゃない」

最近は「環境音楽」とか言って「滝の音」とか「川のせせらぎ」なんてもの録音してCDにして売ってる。
例えジョン・ケージの音楽は「ヘリクツや!」っていう人でもあれを聴くと「癒されるわ~」とか言うだろうが、その「癒される」感覚を与えるならそれも音楽。
だって滝のそばで「4:33」をやればそれも「4:33」になる。
森の中でやればそれも「4:33」


今はコンビニでも普通に水を売ってる。
でも水は苦も無く手に入るし、そのただの水に
「安心、安全、キレイ」
「六甲の」
「アルプスの天然」

そういう付加価値をつけることで、天から降ってくる水とも、川を流れてる水とも、水道の水とも切り離して売ってる。
ジョンケージの「4:33」もどこでも鳴り続けてる自然の音に「ジョン・ケージの4:33」っていう付加価値をつけることで通常の環境から切り離して特別化する行為なんだと思う。
ハレとケ*1で言えばケ→ハレに変換する行為。


音楽ってのは鳴ってる音を楽しみ人間の感情に影響を与えるものを音楽と言う。
だから「わからへん」も「癒されるわ~」も感想としては正しい。
音を聞く事で感じた事、それが正解。
(別項で詳しく書く)


無理矢理、理解の意味をつけるなら
「周囲の音を聞く事で他者の存在を確認し、心臓の音を聞く事で自分の存在を確認する。周囲の音は常に鳴り続けていてどんなに音が無い空間でも自分が存在すれば鼓動は聴こえ続ける。それが生きているっていう事だし、生き物が鳴らす音に耳を傾けて周囲の世界の存在と自分の存在を確認しよう」
そんな意味をつける事だって出来る。
もちろん、これが答えって訳ではない。

こうやって理解が出来ないって声があるからこそブライアン・イーノが「環境音楽」「アンビエント」と言うジャンルのタグ付けをする事で「これも音楽なんだ」と言う理解の互助をした。
上に引用した回答に「音楽として成立させないと」とあるが、音楽として成立していないというのであれば「音楽とはそもそも何で成立するのか」を定義しなきゃならない。前衛芸術を全否定してるんですけど 笑
この回答者に「前衛芸術ってどうなんですか?」って聞けば「よく判らないけど、あんなものは芸術って言ってるだけで何の価値もないです」って答えるんだろう。まぁ、それもまた正解の一つではあるけれど。

【続き】・怒り新党「新三大ジョン・ケージの音楽」がわからなかった人へのガイド #2 「わからない」と言う感想http://azanaerunawano5to4.hatenablog.com/entry/2013/10/10/093438

*1:柳田國男が言う民俗学的な言い方でケ=日常、ハレ=非日常(儀式や行事)。よく「晴れの日」とか「晴れの舞台」とか言う時の「晴れ」の語源なんだそう