清廉潔白な今の世界に下品でがさつなコンテンツは必要ない

Manson makes a statement
Manson makes a statement / Rock Cousteau

・納豆やボウリングは殺人とは関係なく、アニメやマリリン・マンソンは殺人を誘発するんですか?
http://hotakasugi-jp.com/2013/10/10/bowling-for-columbine-anime-scapegoat/

マイケル・ムーアが監督した「ボウリング・フォー・コロンバイン」というドキュメンタリー映画がある。
コロンバイン高校の銃乱射事件についてのドキュメンタリーだが、タイトルの由来はこの乱射事件を起こした少年たちはボウリング好きだったことからつけられた。

これは皮肉であって、事件発生当時、メディアではさかんにこの少年たちがマリリン・マンソンが好きだったとあたかも少年たちの犯行にマンソンが影響を与えたと批判されたのに、事件当日少年たちが趣味のボウリングをプレイした後に犯行に及んだことを報道しないのはおかしいという意味を込めている。

リンク先でも言及されているように宮崎勉の事件で魔女狩りのごとく因果関係も不明瞭なエロ漫画~有害図書というタグ付けをして晒し上げ、排他した歴史があり、未だにそれは変わってない。
「子供たちに悪影響を及ぼすんだ!」
錦の御旗を掲げ、いつの時代もユースカルチャー(アニメ、ゲーム、バラエティ番組、マンガ、ロックetc)は大人の敵で、若者に悪影響を与え続けるらしい。

若い頃は、そういうものに夢中になり刺激を受ける。
勉強は二の次。
パンクやロックを聴いてライブに行ったり、アニメやマンガを見まくる。
不思議なのは今やそういう「若い頃にユースカルチャーで育った」世代も成長し子供が出来て親になっている。
なのにも拘らず、未だにそういう成長して親になった世代が「若者に悪影響を及ぼすのだ」とユースカルチャーを批判する声は止んでない。
いったいどういう事だろうか。

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ネットを見ていると
「最近のバラエティってうるさいだけで全然面白くない」
「あんな下品なものは見たくないからテレビなんてつけない」
「なんか今って差別的な笑いばっかりだろ?あーいうの大嫌いなんだよ」

と言った書き込みをよく見かける。
ところがバラエティって言うのはどちらかと言えばどんどん上品な方へ、無難で安全なエンターテイメントへと変質している。

例えば「パンチDEデート」なんて番組が昔あった。
司会は、桂三枝西川きよし
素人の男女が壁を挟んでそれぞれ出てくる。
前半は直接会わずに司会の二人がそれぞれの特色を言い、後半お見合いしてカップルが成立するか否か、と言うのを楽しむ番組。

壁でお互いが見えないから司会の二人がなり代わって外観を話す。
まず男性に好みのタイプを聞く。
例えば宮崎あおいと答えたとして
三枝「この女性は...宮崎あおいというよりも!...宮崎名産のマンゴーやね」
(どっと笑い)
例えば女性が好みのタイプを木村拓哉と答えたとして
きよし「男性の方はと言いますと...木村拓哉と言うよりも..キム・タクヤいう感じやね!」
三枝「およよ」
(どっと笑い)
みたいな感じ。

でも、これってとても差別的じゃね?
外観をバカにして笑いを取ってる。

「今は笑いが差別的だ!」
そうじゃなくって昔からそうなんだよ。


「ザ・ガマン」では賞金目指して大学生がゲテモノを食ったり、氷の上を引きずられたり。
「ぷらちなロンドンブーツ」で素人の浮気をしているっぽい彼女の部屋へ行って浮気の証拠を探す「ガサ入れ」なんてやってたが、今はもうやれない。
ロンドンハーツ vol.1 [DVD]
夕焼けニャンニャン」ではとんねるずが暴れまくって素人と乱闘したり、カメラを壊して、電気グルーヴは「電気が出るテレビ」なんて番組で股間に紐を結んで先に鈴をつけてAV鑑賞して股間が反応したら負け、なんてバカな企画をやってた。
テリー伊藤がやってた企画なんて今なら「いじめだ」「虐待だ!」「人間を動物扱いするのか!」即炎上。
今だったら出来ない。
単純な比較は難しいが、少なくとも今のバラエティが昔よりも差別的だとかがさつだ、なんてのは勝手な印象に過ぎない。
バラエティは昔からずーっとガサツでくだらないものだった。
そして批判されドンドン角が取れて丸くなり、潔癖で大人しくなった。

「昔の...」「今の...」
比較して語るが、上品で洗練された笑いが主流だった時代なんて無い。


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今より昔のもっとガサツでもっとくだらない番組。
その洗礼を受けた方々が今の社会を担う「大人」になってる。
そーいう人らは
「悪影響を...」
「テレビなんて...」
「ネットなんて...」

とやはり若者に影響を与えるさまざまなものを批判する。

そんな今よりよほど害の多い、精神に多大な悪影響を及ぼすコンテンツを観て影響され育ち、今の世界でろくでもない大人になってしまったから、その諸悪の根源であるユースカルチャーに対して批判的になのかね。
「あんなものを観なければオレはこんなダメな大人になってなかったんだ」
「もっと表現を抑制しろ!!」
「自分たちみたいな悪影響を受けた大人になるな」

そういう事でしょう。
逆に言えば今の若者は昔よりも圧倒的に抑制され大人しくなったコンテンツに囲まれ、インターネットで「偏向されない情報」で情強になり精神的にも成熟し、悪影響を与えるものは有害図書として隔離され、とても清廉潔白で誠実で人間的にも成長した「子供たち」になってるんだろう。
でなければ過去に行ってきた有害図書を隔離したり、テレビのコンテンツの過激さを封印したり、なにかテレビでやるたびにクレームをつけた結果が出てないって事になってしまう。


清廉で誠実。人間的に成熟した若者が、誰かのミスを見つけ吊し上げる現代社会。


昔の方がのんびりしてた。
ゆとりがあった。
もっと人間味があった。
人と人との距離感が近かった。
そうやって昔を美化して今を批判するのはいつの時代も変わらない。
便利になるために科学は発展してシステムは向上し、技術は進歩してる。
懐古趣味で今を批判する。
人はいつだって、何かに対して不満を持ってる。


何か事件があったり何かにかこつけて
「あれが悪い」「これが悪い」「アレのせいだ」
と因果関係もはっきりしないいけにえを探して吊し上げるのも昔から変わらない。
今の炎上は見えやすくなっただけ。


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今の時代はとても清潔になりました。
子どもを育てやすい環境、悪影響を及ぼすものは昔に比べてぐっと減りました。
よかったよかった。
ガサツで偏向報道ばかりのテレビなんて観なくていいと思う。
面白くない、くだらない下品な番組しかやってない。
インターネットが正しい本当の情報を伝えてる。
ほんとうによかったよかった。


有害なもので汚染されまくって、汚らしく成長した管理人が書いた汚い記事。
お目汚し失礼しました。