「このブログは全て釣りである」という呪い

・俺は「釣り判定」を下したがる奴に対して心底怒っている
http://kubomi.hatenablog.jp/entry/2013/10/17/030156
増田の記事に「釣りだろ?」ってコメントが付く事に対して

証拠不十分なまま釣りだと断定する愚かしさを説きたいんではない。悪質なのは、「これは釣りだ」と言いたいだけの人間が多数いるということだ。正直、上二つの記事の内容なんてどうでもいい。事実だろうが創作だろうが勝手にしたら良いし、釣りだったとしてドヤ顔で釣り解説でもしたらいい。そうではなくて、なんでもかんでも釣り判定を下したい人間がいるせいでネット上のさまざまな表現が萎縮することを懸念しているのだ。
と憤っている、と。
例として挙げてる二つが増田なんだが、そこに「釣り?」という言葉が付くのと、個人のブログに対して「釣り?」というのは違うと思うんだけれども。
増田ってのはそーいう「え?こんなの真面目にとったの?バカじゃね?釣りだよ」っていうポジショントークが常道で、「釣られて無いオレ情強」っていう意味の判らない優位性を自己満足で誇りたい輩が多い。
匿名の場所で誇られてもお前誰か判らんしな...。

個人のブログであれば、それはブログ主によるだろう。
例えば何度も炎上してる、どっかで「続々々々々々々々々々々々々...」と揶揄される炎上常連であればそれは釣り針が大きいってコメントも付きやすいし、そうやってアフィを稼いできたって言う歴史がある。
タイトルだけが過剰に大言壮語で中身はショボショボなんてのもある。
ツイッターではわざわざどこぞのアイドル辺りの悪口をツイートしてマジメに批判してくるアカウントを相手にして「いやー釣れた」なんてニヤニヤしてる愉快犯も多い。


ネットの情報なんざ何が本当で何がウソかなんざ本人以外に解りゃしない。
「釣りでしたーwwww」
と書いてても実際は書きこんだ事で追い込まれてるかも知れないし、書いた事を後悔してるかもしれない。

一昔前の「ステマ」も同じで、何かを褒めればステマと言われるような風潮が、誰に指図されるでもなく心からお薦めしたい・宣伝したいという言葉を萎縮させていた。フィルタリングはそれぞれがやるべきで、誰が引っかかろうが乗せられようが、誰がそれでいくら得しようが知るかと思っていたが、「何を言ってもステマと切り捨てられる」風潮が、いくつもの表現を人々に堕胎させたことが私は悲しかった。

「釣り」もまたそんな言葉になっているのではないか?感情に任せて書きなぐったものを、人に伝えたいという一心で書いた名も無き人間の叫びを「釣りだと言われるのではないか」という恐怖で萎縮させるのは、悲劇だろう

...堕胎じゃなくって堕落かね。
こういう誤字も
「あれ?もしかしてツッコんだら負けですか?」
なんて考えが一瞬よぎる。
深淵を覗きこむ行為と同じ。
だってこの記事も一番下に「釣り」って書いてる。


ネット上の虚構のマウントポジションの取り合い。
誰もが腹の上に馬乗りになって上から叩きたがる。
馬乗りどころか横から覗きこんだだけなのに巻き込まれて叩かれる事だってある。
誰もが誰かを論じ評することで自分が上に行こうとする。
そういう時に匿名で自分が何らかの背景に縛られないってのはとても便利。
言いたい放題で上から論じる。
誰かが論じればさらに上へ、さらに上へ。
メタに積み重なるバベルの塔
エホバ下りて、かの人々の建つる街と塔を見たまえり。いざ我くだり、かしこにて彼らの言葉を乱し、互いに言葉を通じることを得ざらしめん、だっけか(viaP2 ただし、うろおぼえ)。


匿名がばれてどえらい事になったのも今は昔。
もうすっかりみんな●なんざ忘れて増田に悪口とポジショントークを書きこみまくってる。
あそこと増田は違うから、とでも思ってる。
安心して匿名でいられる場所では悪口を書いていい、なんてルールはあったんでしたっけね?


馬乗りになって叩こうとしたら、寝てるやつに両足でバタフライガードされて
「釣りでしたー」
と言われる。
するとマウントしてた輩は気づけば逆にマウント取られて上から殴られ「引っかかった情弱」のレッテルが張られる。
そんなもん思い込みの児戯だが。
ウソの情報に引っかかる事は恥でみじめなこと。
マジメに受け取るのはバカにされ、メタなニヒリズムが尊重される風潮が支配してる。
え?そんなもんマジメに受け取ったの?
ウソに決まってるじゃねーかwwwwwwww
草を生やして上に立つ(立ててるつもり)。

そーいえばこの前どっかの芸人が不倫現場をどーこーで引っかかったとかひっかかってないとか色々あったが。
あーいうめんどくささ。


ネットは鏡。
誰も誰が情強で情弱だなんて思ってない。
誰も誰かなんて気にしてない。
自分が、自分の書き込みがどう見えるか、それだけ。
その書き込んだ行為、その背景にいる人物ではなく、書き込みそのものが擬人化されてる。
自分がどう映るか、どう見えるか、自分の意見がどう思われるか。


釣りって言うのは呪いの言葉。
誰かにとっては悪ふざけ。
誰かにとっては保険。
誰かにとっては煙幕。
誰かにとっては見栄。
便利で薄っぺらい。


読み手として釣る方と釣られる方なら釣られる方でいいだろう。
書き手としてマジメに書いた事を、誰かが釣りと思うなら思わせとけばいいんじゃね?
勝手に言わせておけばいい。
そいつがバカなだけなんだから。


真実なんて何も誰もわかっちゃいない。
何が真実かは書いたやつだけが知ってる。
それはどこのどれだって同じこと。
わかった風に語ったって誰も何にもわかっちゃいない。
偉そうに評論してる行為は空っぽでそれっぽいだけ。

100人にウソ呼ばわりされても、1,000人に釣り呼ばわりされても。
自分が書いた事が真実ならそれは揺るがない。

要約すると、俺の嫌いな類のクソ表現は俺の愛するタイプのクソ表現の未来を潰すなという、ただそれだけの感情論であって、表現の自由とかそういう次元の話ではない。でも書かずにはいられなかった。夜中の3時だ。クソ。

言いたいことは以上。これも釣り。


ウチのも過去の記事も含めて全部釣りだから誰もマジメに取り合うなよー。
というかこのブログ自体が実験なんだよ。
ったくどいつもこいつも引っかかってバカばっかりだな。
wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww草不可避。
後出しなら何だって偉そうに言えるんだよ。

あー、体調悪い。
気温変わりすぎなんだよ、クソが。
ネット・バカ インターネットがわたしたちの脳にしていること