ももクロの新曲「GOUNN」を深読みする

※以下、感覚的な部分は関西人的擬音が多め
※以下は、あくまで自慰です
※著者は宗教的教育及び信仰をしておりません。昔から(知識として)好きなだけです

「GOUNN」(通常盤)(AMAZON限定絵柄トレカ付き)

GOUNNの曲を読む

http://event.yahoo.co.jp/momoclo/pc/
ももクロ新曲「GOUNN」を繰り返し繰り返し、それこそ円環の輪のように聴きました。


イントロのシタールっぽい音に始まって、一瞬のブレイクが入ると
「日本をインドに!」
しってしまえ!ジャランジャンジャンジャラジャラ~ドゥ~~~ン!!
オレに...と言いたくなるところにいきなりピアノと夏菜子のソロがしっとりする辺りなんかはゾクゾクします。


ハマオカモトのぶよんぶよんいうベースラインはチョッパーっぽいぶにぶに感なんですが(フリーとかね)リズム隊もトリッキーで休符が多い構造になってるのも面白い。
ドラムってどんどんどんどんどんどんだかだかどんどんどんどんどんどんだかだか...
ベースはぶんぶんぶんぶんぶんぶんぶぶぶんぶんぶんぶんぶんぶっぶんぶん...
みたいにリズムの基礎と言うか曲の根幹...道路を作ってる。
その上をギターがぎゅんぎゅん鳴らしながら遊んだり、跳ねまわる。
ところがこの曲の場合、そのベースラインとドラムラインがリズムじゃなくってメロディの一角としてリズム置いてけぼりで遊んでるから面白い。
指揮者の居ない楽団と言うか。
珍しい訳じゃないんだけど(ZAZENとかしょっちゅうだし、ライブならさらにインプルやるわけで)こういう曲構造は面白い。


んで、後半のカタルシスがあるブレイク部分で「感謝もこめて」の切ないボーカルにグッとくる。
その後はベースラインが一気にぐわっとベンベン鳴らしまくり。

...と曲はこんな感じで。
アニソンっぽいというか「日本印度化計画meetsタイムボカンシリーズ」みたいな印象。
メタルっぽいギターリフなんかもその印象に加担してる。



GOUNNを読む

歌詞と言うのは、例えばロックバンドであればそのプライベートな部分とか個人的な部分が出るので読むのは面白いんだけれど、アイドルの曲と言うのは作詞作曲者と歌い手が違う場合が多いので、それを読むのは「作詞家がどうなの?」ってところに収束する。
ところがももクロの場合は、あるていどのメインラインと言うか発注の明確な一本イメージがあってそれに歌詞を乗っけている感じだから読むとあるていど意味性が出る。


GOUNNロゴ

各所で言われているように「逆襲のシャア」がモチーフでしょうね。
機動戦士ガンダム 逆襲のシャア [Blu-ray]
筆文字の「GUNDAM」と「GOUNN」
西武ドーム公演は「星を継ぐもも」(機動戦士Ζガンダム A New Translation -星を継ぐ者-)
そもそも「ももいろクローバー」ですから。

ももクロ運営って、こういうモチーフを出す時に意味性を持たせることが多い。
「星を継ぐもも」ではスター歌手を出して「スターを継ぐ」と言う意味を持たせていたり、暗喩が存在する。

逆襲のシャア」は、Zの後の物語。
コロニー独立と言うお題目で地球に反旗を翻したジオンの敗北で一年戦争は終結。
地球連邦内で選民思想を持ち増長したティターンズは旧ジオンの残党と手を組み地球連邦内で内乱を起こす。
そこで反地球連邦組織だったエゥーゴは地球連邦と手を組みティターンズ+ジオンと戦う“グリプス戦役”と呼ばれる戦争がZの時代。
最終的に地球連邦は勝利し、ジオンの残党は逃走、ティターンズは消える。

その中でシャア・アズナブルエゥーゴの一員として戦うが、連邦内部の腐敗を見て「地球に縛り付けられた人間を宇宙に開放するために隕石(小惑星5thルナ)を地球に落下させて、核の冬にしてしまおう」と考える。
そこで自らが出自であるキャスバル・レム・ダイクンを名乗り御旗になってネオ・ジオンを糾合。
地球連邦と戦う、と言うお話が「逆襲のシャア

「地球に縛られた人々を解放」するために「隕石を落下させ無理矢理引き離す」シャア。
結果シャアは隕石落としに失敗するんだけど(アムロとサイコフレームのせいで)、この「縛られた人々の解放」というモチーフは、今作に繋がってるのかなぁ、と思う。

「シャアのキャスバル・レム・ダイクンとしてのリスタート」の物語。
だとしたらこの曲は?

ちなみに、オレはハサウェイが嫌い。


MVの円環

MVに多用される円環のモティーフ。
○が非常に多用されてる。
歌詞内にも因果応報とか出てくるように輪の構造は存在するリインカネーション(輪廻転生)。
盛者必衰とか諸行無常と言うのはエントロピーが存在するし、滅びゆくし変わりゆく。
閉じた輪の中で繰り返す諸行無常。
仏教的な円環構造と言うのは螺旋状で、だからどこかの“因”は廻った果てに“果”として返る。
・仏教的時間観は円環ではなく螺旋型の回帰/『仏教と精神分析』三枝充悳岸田秀
http://d.hatena.ne.jp/sessendo/20101221/p8
三枝●巡ると言っても、“同じところへ戻ってくる回帰”と、“螺旋型の回帰”とがある。ぼくは、仏教のはどちらかというと螺旋のほうだと思うんです。だからAから戻ってきてA'になった。そのA'はAと次元が違うと考えています。そういうふうに、はっきりとテクストに書いてあるわけではないけれど、われわれの見方で解釈すれば、どうしてもそういうふうになる。


五蘊

五蘊とは人間の肉体と精神を五つの集まりに分けて示したものである。この五蘊が集合して仮設されたものが人間であるとして、五蘊仮和合(ごうんけわごう)と説く。これによって五蘊(=人間)の無我を表そうとした。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%94%E8%98%8A

タイトルが「GOUNN」→つまり「五蘊」
人間の意味だからこの語り手は覚者では無く「ヒト」なんだろう。

歌詞に
「煩悩なのかな この愛/全然無欲になんかなれない」
とあるが懊悩、煩悶はヒトだからこそ抱えるもので、
→煩悩を捨て無欲にならなければならない→悟りを目指す?
つまりこの歌の視点は円環の輪の中でエントロピーの繰り返す存在だがそれを強いられているとも読める。

相応部経典では、
「人の肉体は渦巻のごとくである、
その感覚は泡沫のごとくである。
その表象はかげろうのごとくである、
その意志は芭蕉のごとくである、
その意識はまぼろしのごとくである。」としています。
肉体も心の動きもすべて移ろい行くもので、変わらないものはないという認識です。

http://agashi.cocolog-nifty.com/blog/2012/08/no2-7018.html


アバター

「私は私の化身になりたい」と言う歌詞がある。
アバターいわゆる「化身」は仏が姿を変え衆生救済するための変わり身。
でもこのアバターはこの歌詞では「アナタに会いたい」と言いながら「私は私の化身になりたい」のだからつまり自分自身を救いたいと謳ってる。
なぜかと言えば五蘊であり、ヒトの身であるから覚者としてエントロピーの否定を行い、円環の輪の外に出て自らを煩悶から救いたいって事なんだろう。
いやいや、だったらこれって
「あの人と会いたい。でも遠くて(邪魔があって会えないけど)魂で繋がってる。あたしは自分を救いたい」
そういう歌か。
これまでの「みんなと繋がろうね」とかよりかなりパーソナルになってる。


ジャケットを読む

「GOUNN」(初回限定盤)(AMAZON限定絵柄トレカ付き)
仏を思わせるビジュアルだけど手は誰も印相を組んでおらず(それこそ蛇拳みたい)これも化身でも無く、覚者でもなく、五蘊という事か。
何かしら印を作ってしまうとそこに意味が発生してしまうからそれを避けたと言う見方もあるかも知れん。
一時期アンチでネトウヨが騒いだが、ももクロって日の丸を翻してたり和がモティーフだったり、今回も金色の日輪(を思わせる)を背にしてたりかなり「愛国」なアイドルなんすよね。
でもサイゾーとかまとめサイトはネトウヨ焚き付けてPV稼ぐことしか頭にないから。


「GOUNN」(通常盤)(AMAZON限定絵柄トレカ付き)
ところがこちらは全員が印を結んでる。

座り方は結跏趺坐。
中央、夏菜子のは転法輪印に近いがどちらかと言えば「無限大」∞を表現してる気もする。

他は禅定印を手前に傾けたような形で小指と親指を大きく外に突き出してる。
これを意味を避けたのかも知れないが。
...まぁ妄想は色々できるがやめとく。


幾つかのキーワード

・前世、因果応報→輪廻転生→リインカネーション

・百鬼→日本的な「百鬼夜行」に近い?中国的「鬼=霊」ではない? 夜叉、毘沙門天、羅刹

シンクロニシティ、魂の奥 繋がっている→無問距離での繋がり

・盛者必衰、いつかは終わりゆく→始まりと終わり、ウロボロスの蛇

・残酷な鬼が誘う/そっちの道は邪の道→出口のない入口


人が人として悟りを得るために日々精進していて愛しい人に会えないが、この気持ちも悟りの邪魔をしていて円環の輪の中には出られず、いつしか睡蓮の道(悟りに至る)で会えればいいと願いながら無辺距離のシンクロニシティ(同一性・一致)で魂で繋がってる(そう願う)。だから悟りを得たなら自分のこの煩悶を悟りを得た自分が救ってあげたい。


仏教ソング 笑
「身近な人とでも宗教と思想の話はするな」と言うのが常道なのに、ネトウヨを焚き付けかねないような対談をやってみたり、今回のもろに大乗仏教なテイストといい...。
暗喩で見れば「恋愛禁止のアイドルがこっそり彼氏がいるけど会えないし魂で繋がってるからいつしか会えればいいね」みたいにも読めなくもない。
「盛者必衰、アイドルが売れていずれ売れなくなるのは判っているけどそれに逆らってやっていくんだ」とも読める。
あなた=モノノフと読めば「今会えるアイドルと言いながら今や会えなくなってしまってるけど、シンクロニシティで繋がってるからいつか会えるよきっと」みたいにも読める。
どちらにしろこの「アイドル」と言う円環の中では愛しいあなたには会えないし、「残酷な鬼が誘う邪の道」へ行ってしまえばそこに出口は無い。
円環の中でエントロピーに従い、逆らいながらグルグルとまわる。

あと、この主人公を早見あかりに置き換えるってのも...。

大丈夫一人で出来るって 
遠ざけたのを知ってほしいから
こんな時ばっか頼るのはイヤだな 
折れたりしない 姿見せたい


まとめ

6分の長尺曲で、長いとはいえ非常に聴きやすくて前回のアルバム「5TH DIMENSION」よりも余程ウケやすいと思う。
ただそれまでのコミカルだったBAR以降のイメージから、5THでアーティストしてどうあるべきかと言う道を模索し、アウェイのロックフェス(ネットも燃えた)や、衣装パクリ容疑でのバッシング騒ぎ、サイゾー発端のネトウヨからの攻撃などあった上で(従軍慰安婦問題を教えようとしたりなー)、モラトリアムでは無くてかなり世俗的な思想や宗教観とか、今回のシングルがこういうテイストで出てきた。
音的には1stのBAR→2ndの5THを補完するような音であって、最新の...と言うよりも原点回帰のイメージがする(だからこそ受け入れられやすい)。
タイアップは毎回の事だが、「ももいろ太鼓どどんが節」とか「ムーンライトセレナーデ」など方向性が不明なのもももクロらしいと言えばももクロらしい。
次作のアルバムがどうなるのか興味はあるものの、この路線を進めていくなら5THがただのコンセプトアルバムになってしまいかねないのは残念なところ。



少年はネコを連れ町を出て行った
町は崩れて廃墟となった
その様子はまるで月面のようだった