「寿司 虚空編」がシュールで面白いので何が面白いのか考えてみた

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裏サンデー | 寿司 虚空編
裏サンデーで月一連載してる小林銅蟲氏のウェブマンガ「寿司 虚空編」が面白い。
とはいえよく判らない。
なので何に面白味があるのか考えてみる。
シュールギャグを思考するというゲスな記事。


「シュールだなー」と言うのが一般的な感想だと思うがこの「シュール」って言うのがクセモノで、不条理(現実あるいは作中世界のルールから逸脱した)表現や描写、変化に「シュール」だなーって感想を感じるんだが、そのシュールも現実から乖離しすぎればそれは面白みを感じない。
ただの筋の通らない物語でしかない。
不条理でありながら面白味がある。そこはバランス感覚が問われる部分。


「寿司 虚空編」は寿司屋を舞台に数学の話が出てくる。
しかしこれって数学を知った上でないと解らないわけでもなく、また数学が判れば面白おかしいかと言えばそういうことでもない。
麻雀を知らなくても「哭きの竜」が面白く読めるように。

「寿司 虚空編」の基礎になってるテンプレートは学習漫画。
裏サンデー | 寿司 虚空編 | 第1話
1話が一番要素が少なくシンプルで解りやすい。
一ページ目は普通に寿司マンガ。
ところが2ページ目から寿司屋の親方がグラハム数について解説を始める。
もしこのマンガがどこかの研究室や大学を舞台にしていればここまでシュールにはならない。
数学の教授が生徒に暇な時間に数学の説明をするマンガ。


手前味噌に自分の過去記事から引用してみる

「ベタ」は安心感の笑いであり、シュールとは「不安感→観客内での理解(舞台上での不理解との一体化、あるいは観客での事故完結による理解)」により笑いが発生する。シュールは不条理であって論理的ではない。
そしてそのシュールが論理的でないが故に観客に不安感が生じる。その不安感が解消される際に笑いになるわけだが、それを舞台上のシュールのパラダイムに居ない存在(キャスト・ツッコミ役)と一体になる事での安心感による笑いと、シュールを見た観客が自己内で既存のなにかに置き換え理解する事で笑いに繋がる場合がある。
シュールとは日常のパラダイムからどれだけ振幅を大きく離れさせるかだが、同時に解決を観客に与えなければならない。
解決の無いシュールはただの不条理な舞台で終わる。

お笑いのベタとシュールと四つの型 - あざなえるなわのごとし

枝雀師匠の落語の下げの四型でいえば
・へん
安定状態を経由せず、通常の状態からいきなり物事が不安定な方向に逸脱してしまう作用によって笑いが起きる。逆のパターンが「合わせ」である

落ち - Wikipedia

通常の寿司屋(条理)→グラハム数(不条理)という振れ方をし、しかもテンプレートがストーリー漫画から学習漫画へと振れる。
その急な振幅の幅に笑いが産まれる。
グラハム数への理解では無く物語世界の条理→不条理→条理(最後三コマ)の構造がキモ。


裏サンデー | 寿司 虚空編 | 第2話
そして二話。
再び条理から始まるように見えてすでに台詞は不条理であり、真ん中大ごまの親方は「月刊ラ」という雑誌を読みながらシリアスな水木しげるマンガっぽいタッチで劇画的に不安感のあるコマ、その世界観では足元でネズミを丸呑みしてる蛇すら条理に感じる。
そしてもはや寿司屋でも何でも無く、三ページ目の最後で数理から世界を逸脱しSAN値が一気に減りまくって、親方の枕元にはインスマス的な異世界のモノが忍び込んでる。
世界の不条理に読者が慣れているから次ページでいきなり出てくる幽霊の娘うるかの不条理さは一切感じない。
その前ページまででの逸脱の振幅が大きすぎ、物語世界はすっかり不条理なところへ「幽霊の娘」は振幅が小さい。
あとはふぃっしゅ数についていかにも学習漫画的なコマが続く。途中、きちんと親方の枕元でじゃんけんをするインスマス的なモノがいるのが細かい伏線になってる。
グラハム数をはるかに越えるふぃっしゅ数の巨大さを誰でもわかるように教えて下さい - Yahoo!知恵袋


裏サンデー | 寿司 虚空編 | 第3話
三話。
四コマ目から不条理に入り、“ふぃっしゅ数の考え方を雑に視覚化したもの”という概念が具現化して飛んでる。
それを網で捕まえていけすに入れる。
いけすに入れる意味は全く無いのに入れることで寿司屋が魚を扱ってるというところには繋がってる。
そしてタッチは三浦健太郎とか諸星大二郎っぽい世界の外辺。
15ページ目で親方を探して回るんだけど、建物はもはや寿司屋では無く「魚病研」という札も下がってたり研究所みたくなってる。
最終コマの「一部だけ召喚する事に」というセリフと親方の背後のふんぐるいいむんぐるううな名状しがたきルルイエの館で眠るお方の腕らしきものが召喚されてる描写が繋がってて「すげえ親方抱いて」に次の話が繋がってる。
親方が軽くジョジョ立ちっぽいのも面白い。


ベタな笑いは不条理なボケをツッコミが条理にする事で笑いになる。
しかしシュールな笑いは、不条理なボケを自己完結しないと救われない。
必要なのは数学の知識より、学習漫画のテンプレートやそういうマンガ知識、クトゥルフ的な世界観なんかを持っている方が「寿司 虚空編」によほど面白みを感じられるんじゃないかと愚考する。
まぁ、数学全然判んないけどなんか面白いのでへ理屈でございました。
おあとがよろしいようで。
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