青菜と内輪ウケ


桂枝雀 Shijaku Katsura 青菜 落語 Rakugo - YouTube
落語に「青菜」という根多(ネタ)がある。
上方の古典落語、滑稽話の中でも有名な噺。

夏の暑い日。
主人公の植木屋が仕事終えて帰ろうとしていると、ご隠居がお酒でも呑んで行きなさいと声をかける。
よく冷えた柳蔭(みりんと焼酎をほぼ半々に混ぜたもの)につまみはワサビを添えた鯉のあらい。
慣れない上等な食べ物に浮かれる植木屋。
ご隠居、次はあっさりと青菜でも食べて行きなさいと手を叩き「奥や! 奥や!」と奥さんを呼んで青菜を料理するよう頼む。
しばらくして奥さんがもう一度出てきて
「旦さん、鞍馬から牛若丸が出でまして名も九郎判官」
それを聞いたご隠居が
「そうか、義経義経
と返す。
それを見て帰ろうとする植木屋。
植木屋は誰か来たと勘違いしたが、これは「名(菜)も九郎(食ろう)判官」と青菜は食べてしまってない事をお客さんの前なので遠まわしに駄洒落にした言い回し。御隠居はそれを聞いて義経(よしとけ...構わない)」と九郎判官にかけて義経とこちらも駄洒落で返した、という次第。

植木屋、家に帰って自分でも早速やってみたくなる。
奥さんにご隠居の家でのいきさつを話し、セリフを言い含める。
四畳半一間の家。
奥さんを押し入れに入れ、日本酒と鯉のあらいの代わりにおからを用意して、風呂を誘いに来た友だちの大工相手に同じことをやり始める。
ところが植木屋、ご隠居の口ぶりをまんまやるもんだから「よく冷えた柳蔭を」と言いながら生ぬるい日本酒を出し、「鯉のあらい」と言いながらおからを出す。
事情はよく判らないが、とりあえずおからをつまみに日本酒を飲む大工。
植木屋が手を叩くと押し入れから汗だくになった奥さんが出てくるので、ご隠居のやったとおり青菜を準備するよう言いつける。
奥さん押し入れに一度引っこんですぐに出てくる。
植木屋に言い含められたセリフを言おうとするが
「旦さん、鞍馬から牛若丸が出でまして名も九郎判官義経
と奥さん、植木屋が言うはずだった「義経」まで間違って言ってしまう。
言葉に詰まった植木屋は一言
「うぅ、弁慶!」
と叫んで一巻の終わり。


Wikiなどだと「ええっ!! 弁慶にしておけ。」など書かれてるが、枝雀師匠の「弁慶」とだけ叫ぶバージョンも捨てがたい。こちらの方が言葉に詰まっている感じが出ているように思う。
前半は、植木屋がご隠居の家でいい食べ物や上等な言葉遣いに慣れない様子が滑稽に描かれ、後半は無理があるのにご隠居の言葉をまんま真似しようとして破綻するさまが描かれてる。


ところでこの根多、前提知識として「牛若丸」「九郎判官」「義経」「弁慶」が判っていなきゃ話にならないし、何が面白いのか判らない。
サゲの「弁慶」も「弁慶の立往生」から来ているそうで、最後に詰まってしまって立往生...と考えオチ
昔ならこれらも「誰しもが知っていて当たり前」だったのかもしれない。
※もちろん枝雀師匠の滑稽な所作が面白いので知識なしでもある程度笑えるが


テレビのバラエティを若い人が見ない理由が云々...みたいな記事が定期的に出てくるが、その手の記事には必ず「内輪ウケばっかりでツマンネー」と言った旨のコメントが付く。しかし実際テレビを観ていて、内輪ウケを感じるモノって全体からすればそれほど多くない。

昔はテレビを観ている人が多くて、だから共通プラットフォームとして機能していたからみんなが「内輪」だった。
内輪ウケ...と言う時の「内輪」の定義があいまいでどの程度の内輪なんだか知らないが、少なくともとんねるずの時代遥か以前から内輪(業界・スタッフ)ウケは存在してた。前提としてコンテクストが必要なことを仮に「内輪」と呼ぶとするなら、新喜劇のギャグにしろそれまで新喜劇を見ているからこそ面白いのであって、いきなり見て全部理解して笑えるようになんて出来てない(だからこそ笑い屋のオバハンが笑う場所を知らせるために待機してる)。
初見で島木譲二を笑えるならその感性は希少。

久しぶりぶり - YouTube


今はテレビがプラットフォームとして機能しなくなった。
バラエティを観てコンテクストが理解出来ない、知識がない、疎外感を感じる時「内輪ウケでツマンネー」という言葉はとても便利に機能する。

バラエティって、残念ながら老若男女万人共通して特に笑う気も無く知識も無くテレビを楽しみもしない無い人が観て笑えるものじゃあない。
テレビのバラエティって本当に内輪ウケばっかりだから面白くないんだろうか。
例えばアニメなら業界ネタとか、小ネタ入れまくって、それがマニアックでも評価されたりすることもある。


ツマンネーと言うなら、じゃあ何が面白いんだろう。自分なりのプラットフォームがあって、そこで受容できるものは「面白い」と感じ、そこから外れているものは「つまらない」「(誰かの)内輪ウケだろ」と感じる。

「テレビなんてツマンネー」って言ってる方の面白がる何かも、誰しもにウケるわけではなく、誰しもが面白く感じないのなら、それはその方にとっての「内輪ウケ」なだけ。


「旦さん、鞍馬から牛若丸が出でまして名も九郎判官義経
「弁慶!」
枝雀落語大全(8)