会社の共用ロッカーのカギがなくなってしまいました

夕べのテレ朝「マツコ&有吉の怒り新党」をみてたらこんな投稿があった。


ある日、会社の共用ロッカーのカギがなくなってしまいました。
社員総出、大騒ぎで探しましたが鍵は出て来ず、私も心当たりがありません。
結局その日はカギの行方が分からないまま、私は帰宅しました。

帰ってジャケットのポケットを見ると全く記憶にない共用ロッカーの鍵が。
どうやら個人ロッカーのカギと勘違いして入れてしまっていたらしいのです。
その時会社から電話がかかってきて
「あなたカギのこと本当に知らない?ロッカーの近くで見たという人がいるんだけど?」
と犯人扱い。
知らないことにして電話を切りましたが、別にカギをポケットに入れたのは悪気があったわけではありません。
証拠もなしで犯人呼ばわりされるなんておかしいとおもいます。
※記憶によるので原文と差異あり


これが小町なら間違いなく“釣り”判定されるだろう。
「犯人扱いどころか犯人の開き直りやんけ!」と言うツッコミ待ち。
釣られる人間がいれば、トピ主さん辺りがキャッキャ言いながら料理するところでしょう。

「悪気がないんだからオレは悪くないし、証拠もないのに犯人と思うだなんて」

...第三者の目撃証言もあり、容疑をかけられる程度に自身が周囲から信用されていないことを棚に上げ(しかも本当に犯人)、「共用ロッカーの鍵がなくなり」「家に電話が」というキーワードで投稿者の見当がついてしまう自白同等の投稿をしてみせる。
そして会社から電話がかかって来る...つまり他の社員は残ってカギを捜索しているのにのに、どうして投稿者は一足早く帰宅してるのかなど矛盾や疑問点が多い。

有吉が「小説の冒頭のような」と言っていたのだが、元の投稿文は、やけに小説っぽい構成のきっちりした文章表現・構造と、それに見合わない自己正当化ツッコミだらけの低品位な思考パターン、文章の程度と矛盾のある行動など創作臭がハンパない上にマジレス待ち釣り要素満載。
“釣り”は、別にネット世界だけの話ではなくてテレビでも多いんだろうなぁ、と改めて認識した。
演者にしてみればそれの真偽に関わらず「真」として扱えば番組は成立するし、番組側も面白ければそれで成立する。
他人が審議判断する術はなく、ウソの投稿の責は投稿者にだけある。
出来れば「私は釣りを趣味にして~」と言う一文が欲しいところ。


その次の投稿は
「ラーメン店でダラダラ食べてる女性に腹が立つ」
“釣り”職人フル回転してんなー。
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