最近、感情がない主人公のドラマが多いんじゃなく、探偵(刑事)ものってのはそんなものだということ

杉下右京の密室
最近、感情がない主人公のドラマ多くね? - くりごはんが嫌い
感情が、って言っちゃうのか。そうかそうか。
筋がなぁ...。
じぇじぇじぇ(死)。

最近ああいうキャラクターが事件解決するってヤツやたら多くないだろうか?そもそもこういうキャラクターが日本のドラマ界でスタンダードになるきっかけは恐らく『女王の教室』だと思うが、そのあと『ガリレオ』が決定打となりこの手のキャラクターが大量生産されることになる。ある意味で『謎解きはディナーのあとで』も抑揚のない一本調子なセリフ回しだったし『鍵のかかった部屋』はそれの最新系だという風に感じた。もっとさかのぼればロボットの役とかがそうなのかもしれないが、普通の人間がこんなことになってるのは珍しいのではないか。そういう部分において日本のドラマはちょっと異常といえる
「福家警部補の挨拶」を観て最近のドラマって感情表現しなさすぎじゃね?って指摘なんだが、これはちょっと引っかかる。
これって「最近」の話かね?


知性と演出

例えば「相棒」ってドラマシリーズがある。
あれは杉下と言う「頭脳派名探偵」とコンビを組むからバディもの。
バディは足りない部分を補い合う。

1stシーズンは杉下と寺脇康文扮する亀山。
これは「頭脳派(理性)」と「肉体派(感情)」の二律であり「論理」「直観」でもある。
2ndシーズンでは亀山に代わって及川光博扮する神戸尊になるわけだが、ここで同じ「二律」の相棒ではなく、劣化版杉下のような同類同士の相棒になる。
3rdシーズンで相棒は成宮寛貴扮する甲斐享になるわけだが、甲斐の場合は杉下の「円熟、経験」に対しての「若さ、行動力」を持ったキャラとして二律が成立している(実際、甲斐がちょっと賢すぎてバランスが悪い)。
しかし相棒が変わっても一貫して杉下は「論理」「知性」の象徴としてシリーズを支える。
(劇場版「Xデイ」では「新/旧」「デジタル/アナログ」「論理/直観」のバディ)


知能とは論理であり冷静さであり、感情を出さない。
だからこそたまに感情を発露させたりすると目立つわけで、杉下の場合は犯人に対する怒りの感情を最後の最後に出すことが多いが、物語中は概ね感情を表に出さず、代わりに歴代の相棒役が感情部分を担う(だから劣化版杉下...神戸とのコンビは同タイプであるが故に相棒として微妙だったわけで)。

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シャーロック・ホームズで言えばワトソンだし、ポワロで言えばヘイスティングスにあたる(ポワロオリエント急行アルバート・フィニーはそれほど感情を出さないが、ピーター・ユスチノフは告発シーン辺りで結構感情露わにする。ドラマ版のデヴィッド・スーシェは比較的抑え目だと思う...だからユスチノフは好きじゃない。チャーリー・チャンやっとけ)。
ジェレミー・ブレッド扮するホームズも感情的だったかなぁ?
変わり者は前面に出してたが(ベネディクト・カンバーバッチも同じく)。


何当たり前のこと書いてるんだよ?と思われるかもしれないが、演出と言うのは観客に対してそのキャラクターの見えない部分を説得しなきゃならない、理由付けしなきゃならない。
演じる役者、アイドルは普通の人間。
感情もあるし泣きも笑いもする。
しかしドラマでアホなアイドルを大天才に見せなきゃならない、心優しい俳優を凶悪な犯罪者に見せなきゃならない。

演技だけでは足りない部分を補うために演出や役を付ける。
頭をよく見せるには喋らせないのが一番いい。
喋れば喋るほど、人間的で感情を感じさせる。

感情を出すキャラクターは感情により論理を曲げたりするかも知れない。
感情に流され同情し、あるいは怒りに身を任せるかも知れない。
何も話さず、要点だけ鋭く一言。あとは眼鏡をかけて無表情でいさせ、最後に事件なりを語らせれば賢さが際立つ。
ガリレオで湯川が計算式を書いて見せるのは、推理に必要なわけではなく、視聴者・観客に対して湯川の頭脳が推理を行っていると外から判りやすく見せるためのパフォーマンスに過ぎない。

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犯人が感情により人を殺し、それを論理的に追い詰めるのが刑事(探偵)の役割。

ドラマ「福家警部補」二話目の犯人 漫画家役の富田靖子は、感情を露わにし、最後に追い詰められて自分の歪んだ憎しみを精一杯叫ぶ。
犯人は、感情を元に法を破る行為を行い、刑事(探偵)は法に基づき論理的に事件を解明する。
そこで刑事(探偵)が感情を出しまくるならその事件には大した論理はない。

肉体派刑事だったら充分にあり得るけれども。
「バカヤロー!」って叫びながら殴るとか。その代わり事件はもっと単純なものになる。

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同じく倒叙ものの古畑だってキャラクターは濃く思えるけど、感情を露骨に出しまくるわけじゃない。
頭脳派じゃない「踊る~」の青島俊作は肉体派だから感情を出す。
肉体派のクセに「天国と地獄だ!」とか急に言われたって困る。


物語と探偵の立ち位置

キャラクターが果たしてどの位置に立つのか。
どの立ち位置から物語・事件に対峙しているのか。
それによって感情表現の演出は変わるのは当たり前の話。


ドラマ「半沢直樹」で主人公 半沢は非常に感情的な役柄。
彼は物語の中心であり、彼が物語を動かしている。
物語を流れるのは論理的な理屈ではなく、理不尽な軋轢とか圧力や人間同士の取引やパワーバランス、裏工作とか圧力が襲い掛かって、半澤はだから感情を発露し立ち向かい戦う。
論理的に言えば土下座なんてどうでもいい。
しかし半澤の物語世界では、体面や感情が優先されるが故に「倍返し」「土下座」なんてものがキーワードになる。

探偵とは役割も立ち位置も全く違う。
ヒッチコックのサスペンスの主人公らと同じ。
物語の中心に存在し、彼らの感情と行動により物語が進行する。
それと探偵(刑事)モノを比較してもそりゃあおかしいに決まってる。
あまちゃんと杉下を比較して「違う」と言うのと同じ。


探偵は物語の外に立つ*1

物語にとって探偵は外的な存在で、探偵は毎回変わらず物語だけが変わる。
引き起こされた犯罪に関与せず事実を集め論理的に整合させ真相を暴く。
物語の中心にいるのは物語の語り手であり、犯罪者。
ドラマ「福家警部補」で言えば、一話目の主人公は脚本家であり、二話目の主人公は漫画家。
福家はシリーズの主人公だが、各物語(事件)の主人公ではない。

人間的に、感情的で愚かしい直情的・即物的な動機で引き起こされる犯罪事件。
人間らしい愚かさの象徴である犯罪事件から出来上がる「物語世界」に対して、「物語世界」の外から俯瞰し超越的に論理を持って(感情を鑑みず)物語の謎を解体するシリーズに一貫するシステムが「探偵」
だからこそ感情を発露せず、物語の中に立たない。

登場人物らと仲良く交流し、笑いあい、泣き合い、怒鳴りあうことはしない。

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金田一は事件の中に存在し、彼が動くことでまた殺人が起きる。いわゆる「後期クイーン的問題」だけれど、彼の「しまったー!」という推理ミスによって次の事件がひこおこされてしまうから金田一は物語世界の一つを構成してる。
「気分は名探偵」の水谷豊と「相棒」の水谷豊は、事件に対する距離感・立ち位置が違う。


学園モノの教師は、生徒と同じ位置に立ち物語世界の中にいるからこそ感情を発露する。
遠山の金さんや暴れん坊将軍は、肉体派で物語の内側にいるから感情をむき出しにして刀を振るって暴れ回り、必殺仕事人は肉体派だが物語の外にいるから感情を出さずに淡々と仕事を行う。


過去を振り返ってみて、感情的かつ論理的な探偵ってどのくらいいるんだろうか(しかも物語の外にいる)。
少なくとも天地茂の演じていた明智小五郎は無表情で感情も押さえた役だった。
肉体派の西部警察特捜最前線の面々みたく足で情報を集め解決するキャラクターやトリックみたいに半分ギャグ混ざりならまだしも。
ケイゾクにしろ中谷美紀扮する柴田純は笑い泣き怒るキャラクターでも無く「変人である」ことをキャラとして出すことで「人と違っているから賢いのだ」と言う理由づけにした。


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そもそもこういうキャラクターが日本のドラマ界でスタンダードになるきっかけは恐らく『女王の教室』だと思うが、そのあと『ガリレオ』が決定打となりこの手のキャラクターが大量生産されることになる。ある意味で『謎解きはディナーのあとで』も抑揚のない一本調子なセリフ回しだったし『鍵のかかった部屋』はそれの最新系だという風に感じた。もっとさかのぼればロボットの役とかがそうなのかもしれないが、普通の人間がこんなことになってるのは珍しいのではないか
鍵のかかった部屋...防犯探偵・榎本シリーズの主人公 榎本は極めて感情を出さない。
通常の探偵以上に感情を出さない。
感情を出さないキャラクターの極限はえも知れぬ「不気味さ」
親しみやすさ、人間らしさに欠ける。
何を考えているのか判らない、理解出来ない、だから親しみを感じにくい。
無感情と言えば森博嗣「すべてがFになる」に登場する天才数学者 真賀田四季を思わせる。
天才であるが人間的な感情を一切匂わせない。
人を殺すことを躊躇しない。
人間的感情に基づかない。

榎本と言うキャラクターは犯罪に関与していることを匂わせる。泥棒・犯罪者で探偵...というのは過去にも例があるが、最後に失踪するところなんてバロネス・オルツィ「隅の老人の事件簿」を思わせたりもする。

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隅の老人も最後の事件では、自身が関わっていると思しき犯罪を女性記者に暴露し、失踪した。
鍵のかかった部屋」の榎本が感情を出さないのはあの「底知れなさ」を感じさせるためでしかないと思うのだけれどもね。


語るべきはミステリや探偵ものを引き合いに出すのではなく、そういう事件性の無いドラマでバックボーンを感じさせないキャラがどうしてできるのか?ってところじゃないとこんなおかしな事になるんだと思うけどなー。
今だと「隠蔽捜査」の杉本哲太は論理を優先させようとするが父親としての感情があるから上手く立ち回れないのだし、「私の嫌いな探偵」にしろおバカキャラでやってる。
たまたま「福家警部補」を採りあげて、「最近、感情がない主人公がスタンダード」説は筋が悪い。
物語構造的にそうなんだから。
ま、元記事はブクマも100越えてるし誰も気になんてしてないんだろうが。


そんなこんなで、この反響も無さそうな記事を終わろうと思う。
書いてる半分も伝わればいいところ。
仕事に必要なことはすべて映画で学べる

*1:もちろんイレギュラーは存在する。物語に巻き込まれたりする時は適用されない