高い服を買うのはブランド品だからでも、モテたいから買うのでもない

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ちょっと連投でネタが被るがこの記事が面白かったので。
第9回 服がおもろなくなった。|タイトル、まだ決まってません。|みんなのミシマガジン
この記事はよく判る。
「最近服が面白くなくなった」K氏の話。
感覚として判らん人と判る人がハッキリ別れそうな気がする。

以下、幾つか気になったところを引用する

カッコいい服をカッコ良く着ることはカッコいいし、普通の服をカッコ良く着ることもカッコいい。要するにダサいやつは、アルマーニを着てもエルメスを持っても、ダサいからダサい、ということなのだ。
 年末以来約2カ月の間、連日連夜のてっちりとヒレ酒と刺激のとりすぎで、おつむがしびれているK氏ではあるが、これは的を射ている。

 けれども「お洒落に気を遣いたくないからユニクロ」というのは違う。
「それはウソやろ。絶対」とK氏は断言する。

元々、カッコいい服と言うものがある。
ウチにルックスの素晴らしさに惚れこんで買ったはいいものの、一度も履いてないブーツが数足ある。
カッコいい靴だがそれをカッコよく履ける自信がないし多分カッコよくない。
技量もルックスもセンスも雰囲気も合わせるアイテムも足りてない。
靴だけが圧倒的にカッコいい。
今の、新品のその状態がセクシーでカッコいい。
なのでたまに箱から出してブラシをかけ「うん、カッコいい」と確認して再び箱に戻したりする鑑賞用。
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これとかな。

カッコいい服を普通に着ることはできる。
普通の服を普通に着るのはたやすい。
だが普通の服をカッコよく着るのはやっぱり難しい。
ダサい服をカッコよく着るのはさらに難しい。

元々のマイナスをプラスに転化しなきゃならない。
己の技量や雰囲気と照らして、その「服との戦い」が楽しくなればそれは洋服好きだろう。


白いシャツでもなんでもそうだが、服を買うには銭が要る。
 だからより好んでダサい服を買うことはない。だからあり合わせで行こうとする。
 会社の近所の服屋にマオカラーの白いシャツが売っているのをK氏は知っているが、それは絶対買うことがない。
 これも多大な思い込みで短絡的であるが、いかにも偏差値が低そうな高校の、ブレザーにグレーのズボンの制服を着るのに、わざわざだぶだぶのズボンをケツで穿いている眉毛を剃ったヤンキーのがきんちょよりも、マオカラーのシャツを着ている建築家上がりのまちづくり系コンサルの類の人のほうが、なんだかダサいと思っているからだ。
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※マオカラー参考写真

この“マオカラーのシャツを着ている建築家上がりのまちづくり系コンサルの類の人”のダサさ、というのは例えば自分をハイパーメディアクリエイターとか言っちゃう類の方とか、実際はブルースリーの敵かミスターマリックみたいに見えるのにオレってイケてる感を醸し出そうという意識は判るが「いやそれって斜めに行ってるよ」と言うイタさだったりする。
ヤンキー、暴走族のコミュニティ内でその格好がイケてるとされ、その「ヤンキーオシャレ道」に邁進するのは、限定的なコミュニティの中での正解だろうし、特攻服には民族衣装や儀式の服と同じニュアンスもあるあの彼らの服はそれなりに彼らのこだわりがあるし、だから“マオカラーのシャツを着ている建築家上がりのまちづくり系コンサルの類の人”の方がダサく感じてしまうのだろう。

むちゃくちゃ腹が減ったとき、あとで後悔するぞとわかっていてなお、何でもエエわとコンビニで肉まんを買って、案の定そうなるのとは違って、衣食住の衣の世界では、気を遣いたくないから何でもいいというのは絶対ない。

 さておきK氏は、毎日のように会っている古い友人が、先日なかなかカッコ良く普通の白シャツ、それもまっさらと思しきレギュラーカラーを着ているのを思い出し、電話をかけて「あれええシャツやったなあ、どこのん?」と訊いた。
 家が商店街にあり両親のおじいおばあがやっている瀬戸物屋の息子の友人に明日の朝にでも、同じのでLサイズを買ってきてもらおうと思ったからだ。
「あれてどれや?」
「こないだ着てた、さらのフツーの白いカッターシャツや」
「全然知らん(ブランドだ)けど、うちの家の商店街の服屋で買うたンや」
「おー、エエやんけ。頼むわ」
「おっしゃ」

 そういうまったく服に無頓着で人に買い物を任す、この時代にふさわしいナイスなコミュニケーションを期待していたK氏だった。
 が、古い友人は即座に「ああ、あれなあ、無印やで」と言った。その言い方も「あっ、おはよう」に「何か、問題でも?」が加わったみたいな感じだったので、K氏は完全に逆上してしまった。
「なーにが、無印や。怒突くど。おまえが無印良品てか。おまえグランフロント大阪の新しい無印にでも行って買うたんか。昔からホンマに可愛げないヤツや。おまえは昔からダサいのに、オレよりずっとダサいくせに、無印良品はあかんやろ。絶対認めへんからな」

服好きの無印に対する感覚を、他のジャンルで言えば「フランフランって安くておしゃれでしょ?」みたいな感じなんだが、インテリアにこだわりがある人からすれば上っ面のオシャレ・テクスチャーは丸わかりなわけで、無印も確かにミニマルで一見マーガレット・ハウエル*1的なナチュナルおしゃれ感を出しつつでもデザイナーズブランドが好きで「デザイナーの感性を感じられるからブランドの服が好きなんや」とか言ってしまうような重症の服好きには無印の一見シンプルでオシャレっぽい、しかもリーズナブルな服はユニクロと違い完全上から否定するほどヒドくもなく、しかしあのゆる~くも露骨に「ナチュナルでございます」みたいなメゾン・マルタン・マルジェラ*2から先鋭的なデザインセンスを完全に抜き去って、殴り倒してから洗濯機に叩きこみ三回ストーンウォッシュして、値段をリーズナブルにしたみたいな服はなんか許せない感じがしてしまう。

その性根は「わたしの仕事はネクタイなど締めなくていい仕事です。だからネクタイを締めるシャツじゃないシャツを着てるのですよ」などと、わざわざマオカラーのシャツを妙なデザインのジャケットの下に着る志向とも共通するが、それより服としてそれを着ることがもっとダサいと思うユニクロの一番おもろないとこは、まず「値段が安い」というカネの話しかないところで、「服に余計な神経使いたくない」という、あたり前のことの落とし所が「リーズナブルだから」に直結していることだと思う。

 あるブランドの服を着る理由としてこれ以下のものはない。ブランドものの服を着ることについての「デザインもそんなに悪くないし」というあいまいに否定するスタンスの言い訳は、マオカラーを着る趣味よりもファッションの世界をおもろなくしているのだ。
 服のことを考えるのにこういうおもろない話はない。それこそが余計な神経というものだ。

ウチに数万円のTシャツがある。
どうしてそれを買ったのかと言えば、別に布きれにプリントしただけのモノに数万円の価値を見出したわけではなく、だったらユニクロでも無印でもいいわけで、そうではなく数万円の価値をその「デザイン」に対して感じたからこそ対価として支払って購入した。
誰が見ても数万円なんて思わない。
別に「○○万円」だとかブランド名なんてのはどうでもいい事で、このデザインってカッコよくね?オレはそう思ってる、という感覚が一番になってる。
オシャレは自己満足。
理解は必要ないけどしてくれると喜ぶ。


おばちゃんなんかがヴィトンのモノグラムのバッグなんかを下げてたりするがあれを持ってる人の中でどれだけの人が
「(前)デザイナー マーク・ジェイコブスのデザインが素晴らしいから持ってる」
そう思ってるんだろうか。

ヴィトンのモノグラムがパチンコ屋の景品と化し、DQNの財布の定番になり、おばちゃんのハンドバッグとして街で見かけるようになり、モノグラムの(社会的認識)価値は著しく落ちた。
OLさん御用達COACHの「雑誌で取り上げられてるから」「流行ってるから」「みんな持ってるから」感もハンパない。
ランヴァンとかドリスとか持ってる方が面白いが、そんな女性よりCOACHとか持ってるキレイ目の方がコンパでモテるだろうし、全身COMME des GARÇONSなんて女性はアート系の学生とか美容師とかアパレル関係ならウケはいいが一般相手はキツいかもしれない。
川久保玲の革新性ってさぁ……」
なんて話をし始めたら、いやそれはしんどいか。

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「高い/安い」「モテる/モテない」
この二軸が、服を面白くなくしてる気がする。
絵画を「いくらで買ったか/いくらで売れるか」という価値観でしか考えてないバブルの時代の金持ち日本人みたいな感じと言えばいいか。
それより服としてそれを着ることがもっとダサいと思うユニクロの一番おもろないとこは、まず「値段が安い」というカネの話しかないところで、「服に余計な神経使いたくない」という、あたり前のことの落とし所が「リーズナブルだから」に直結していることだと思う
「高いからいい」「安いからいい」
その思考は服を単なる「見栄の道具」あるいは「防寒道具」としか見てない。

絵画は、別にキャンバスに価値を見出しているのでも、絵の具に対して価値を感じているわけでもない。
キャンバスに描かれた絵画に対して価値や美しさを感じる。

服にしたってその「デザイン」に価値を見出すのであって、だから
服に余計な神経使いたくない→リーズナブルだから
と言う思考の中の「服」は単に寒いから身を包む布きれでしかない。
本音では服なんてどうだっていいんだが、自分の価値を普段以上に見せたいからオシャレにする。

服に興味が無いひとにとっての服って言うのは道具以上の価値がない。
その価値観で「脱ヲタしよう」「モテよう」はまだしも「オシャレになろう」と言うから「は?」と思ってしまう。
脱ヲタしよう」「モテよう」と身だしなみに気を遣うならその先には「オシャレ」はないだろ。
「オシャレ」が目的では無く単なる手段。
脱ヲタ」も「モテ」も勝手に目指せばいいが、その先にオシャレはない。
モテとオシャレはニアイコールだっていうのに。

ネットのオシャレ指南系記事に単語「モテ」が出てくるとため息が出る。
それはさ、ガイアがお前に輝けと言ってないからお前はモテないしダサいんだよ。
いっそナンパに邁進してる渋谷の何とかいうのの方が安心できるよ、欲望に忠実で。


……ところでOLさんのランチ時のDEAN&DELUCA帆布バッグ率の高さ 笑
あの無印感。
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*1:一見無印みたいな服に見えるが値札が一桁違うブランド

*2:アントワープ6の1人。色々なデザイナーに影響を与えたが今はブランドから引退