否モテの負けたくないスパイラルの根深さ

グミ・チョコレート・パイン グミ編 (角川文庫)
【ask.fm】彼女ができなくて真剣に悩んでいます。もう23歳ですが一度も出来たことありません。 - YESかNOか半分か。
んー。

Q.彼女ができなくて真剣に悩んでいます。もう23歳ですが一度も出来たことありません。好きになった女の子に告白しても玉砕します。出会いはあるのですが、どうすれば男性として興味を持ってもらえるのでしょうか・・・(ご飯に誘ったあと具体的にどうするかみたいなことが知りたいです)
今回はask.fmで頂戴したこちらの質問に、ブログでお答えさせて頂こうと思います。匿名で頂いた質問なので、質問者さんが男性であるということと、年齢以外は分かりません。

出会いがあるということは、まだまだチャンスは沢山ある。

出会ってから付き合うまでの期間って人それぞれだとは思いますが、私の経験上、上手いことスムーズに付き合える時って、初めてその相手と出会った時に「あ、この人いいなー」っていうアンテナが反応するんですよ。ピコンピコンって。

この質問者の場合は何とかなるタイプだよなー。
なにせ告白もしてるし出会いもあるんだから。
意欲もあればいずれどうにもなるだろう。
タイミングっすよ、タイミング。


んでそれに答えてるlunasaurusさんの思考って普通に恋愛してる人の思考だなー。
非モテで恋愛した事なくてエゴが増大しまくってる男性はもっとドロドロとエグいんだよな~、と思ってしまったのは


絶望感がすごい

この増田を読んでしまったからに他ならない。
※Q&Aとして成立してるのでlunasaurusさん記事は全く問題ない

こちらは根深い。

具体的に言うと、三十路も半ばになって独身童貞ぼっちなのだが、(とりあえず童貞は置いておくとしても)独り身で居ることが辛く感じるようになって来た。
今までこんなことを悩んだことはなかったし、悩んだ所でキモヲタでブサメンでピザでハゲでワープアでヘタレのおっさんである自分にとって、誰か相方を見つけるというのはとてもとても遠い所にあるゴールにしか思えない。それはとてもよく解っている筈なのに。
交流を増やすために街コンなどに参加してみてはどうかという話も受けた。現実的な解であるように思えるが、ここでもまた「しかしそこは自分が居ていい場所なんだろうか、自分の年齢は便宜上許容として書いてあるだけで実質的にはお呼びじゃないのではないか、行ってみたら『何でこんな奴がここに居るんだ? 説明を文字通りに捉えて、居てもいいと思ったのか? この痛いキモヲタのおっさんは』という空気が待っているのではないか」という気持ちが出てくる。何と言うか、これは恐怖心に近いと思う。それでも突っ込んでみて覚えるしかないのかも知れないが、トライアンドエラーが許されるように思えない。それが出来るような根性があったら、増田で愚痴ってないでさっさと解決しているだろう。
ブコメ欄は北方謙三氏の名言「ソープへ行け(まずはそれからだ)」が鉄板でしょうが、要は自分のことがダメだと思うことで外へ出て行かずそれを正当化する理由にしているわけです。
ダメだから告白なんてしない、しても失敗する。当たって砕ける何言ってんの?
そんなことして傷つくイミワカンネ。
彼女なんてイラネー。XVIDEOSで充分だろ。
麻倉憂だって復活したし問題無い。


そういう重度にこじらせたの非モテと言うのは、冒険出来ない。
だって
「彼女が出来て、孤独でないことは素晴らしいのだ」
というそれらの感覚を経験・体験的に知らない。

結局のところ、そう言った自分の感触がどれだけ一般的なのかが全くわからない。単なる自分の思い込みなのか、それともとても一般的な(あるいは世間様はもっと厳しい)考え方なのか。ゴールがあるのは箱根の山の向こうなのか、それとも次の曲がり角の先なのか、わからないからスパートがかけられない。スパートをかけて届かない所にゴールがあると知ったら、自分は多分そのまま倒れて立ち上がれない。二度とやり直しは出来ない。そんな能力は自分にはない。そんな自分に対する(無根拠かも知れないし、事実かも知れない)自己低評価に縛られ、偏見に縛られ、無知に縛られている感じがする。他人から見たら簡単なことなのかも知れないのに、自分ではステイルメイトに陥っているようにしか思えず、絶望感ばかりが湧いてくる。
学生時代。
教室の女子にこそこそ自分の方を見て笑われ(自分のことでなくてもそう思う)、女子と喋るのは年に数度。
からかわれ、いじめられたり、仲間はずれが当然。
教室の低レベルな連中とオレは違うんだ、と自尊心だけは高いが積極性が無く前には出ない。
休みは部屋に引きこもってゲームをすることで現実を見ないで、傷つかないで過ごしてきた。

気づけば年をとり、稼ぎも無いワーキングプア
そんな男が「婚活」だの「積極的に出会ってみよう」なんてとてもじゃないが思えない。
絶対に笑われる。
モテたり女性と仲良くした実績はないが、傷つけられた(勝手に傷ついた)実績は積み重なってる。
こじらせる、ってのは自分の中での負のスパイラルにハマって、自己評価を下げることでそれを「コミュニケーションが出来ない、したくてもできない、しなくてもいい」理由にする。


大槻ケンヂグミ・チョコレート・パイン」にこんなシーンがある。

「あたしはね、人生ってグミ・チョコレート・パインだと思うの」
グミ・チョコレート・パインだって?」
「そう、ホラ、ジャンケンして、グーだったらグミ、チョキだったらチョコレート、パーだったらパインって、それぞれの言葉の数だけ前に進めるゲームのことよ。人生って……生きることって、あのグミ・チョコ遊びだと思うの。自分が出した手が相手を負かすことがあって、でもその手は必ず一番強いわけじゃなくて、負かした相手の手より弱い手で負けちゃったり。そうして勝ったり負けたりしてるうちに、いつの間にかくっきり勝者と敗者が別れてしまうのよ。生きてくって、そういうことなんだと思う」
勝ちと負け、その積み重ねで出来てる人生。
勝負しなくても生きていける。
そうすれば負けはない、でも勝ちもない。
そうやって勝負をしないことを「負けるくらいならやらない」と正当化してきた自己評価の低い非モテには素敵な出会いへのアドバイス、なんてものはトラクターが爆走する田舎町で「オシャレな恵比寿ショッピングデート」特集を読んでるようなもの。
こーいうモテるモテないじゃなく「人として1ステージ下に自分はいるんだ」と思っているこじらせた非モテの思考は一般的な方々やモテ系(リア充)には理解出来ない実績と信頼のトラウマがあるってことが理解出来ない。


……などとかつての非モテは(今でもモテはしないけど)思う。
増田が釣りであるほうが救いがあるわ。
グミ・チョコレート・パイン チョコ編 (角川文庫)
グミ・チョコレート・パイン パイン編 (角川文庫)