トピ主さんのストーリー消費に乗っかる

消費されているのは"ストーリー"? - 斗比主閲子の姑日記
トピ主さんはこういうのも書けるから目が離せないよなー、さすが。
ウチでもやってたネタではあるんですが(全然ウケなかったけどw)。


たまに聞いたことないアプリが突然売れてなにかあったのか調べてみると、開発者が苦労しながらアプリを開発するまでの過程をブログで公開していたりする。
そのアプリがどうこうでは無くまずそこに「開発ストーリー」があり、それを見て購入し、それが呼び水になって広がっていく。

「ストーリー消費」ってのは大昔からある。
ガマの油売りとか

サァーテ お立会い、このがま何処に住むかと言うと、ご当地より はるか北、北は常陸の国(ひたちのくに)に筑波の郡(こおり)、古事記、万葉の古(いにしえ)より関東の名山(めいざん)として詠われて(うたわれて)おりまする筑波山の麓(ふもと)、おんばこという露草・薬草を喰らって育ちます。

サテ お立会い、 このがまからこの油を取るには、山中(さんちゅう)深く分け入って捕らえ来ましたるこのがまをば、四面(しめん)鏡張りの箱の中にがまを放り込む。サァー がんま先生、己(おのれ)のみにくい姿が四方の鏡に映るからたまらない。

ハハァー 俺は何とみにくい奴なんだろうと、己のみにくい姿を見て、びっくり仰天、巨体より油汗をばタラーリ・タラリと流す。これを下の金網・鉄板に漉き取りまして、柳の小枝をもって 三七は二十一日の間、トローリトローリと煮たきしめ、赤い辰砂(しんしゃ)にヤシ油、テレメンテーナ、マンテイカ、かかる油をば ぐっと混ぜ合わせてこしらえたのが、お立会い、これ陣中膏はがまの油だ。

口上

ガマの油をとるために山奥に分け入り、捉え、鏡張りの箱に入れて、出てきた油を濃し煮炊いたものがこれですよ、こんなに手間がかかってるんだから効果があるに決まってる、という虚構の付加価値をつけて膏薬を売る。
これを買う人らはこの口上に油を買っていく(口上代と言う考え方もある)。


演歌歌手はつらい人生を送ってきたからつらい歌が歌える。
円熟味が増す、艶っぽくなる、深みが出る。
そういうストーリーが前提としてある。

ももクロインフレーションし続ける「立ちふさがる壁」のペースにどんどんと距離感を感じつつも、その「ももクロの夢はモノノフの夢」と落涙しつつペンライトを振り回しアンコールの最後の「あの空へ向かって」を一緒に歌うことでストーリーを消化している。
ペンライトを振りながらモノノフの頭の中には、かつてヤマダ電気の店頭で歌っていたり、早見あかりが脱退して泣きじゃくってた頃の(Youtubeとかで観たヤツ)が流れてる。

あるいは色々あった指原莉乃に「恋するフォーチュンクッキー」を歌わせる秋元康に恐ろしさを垣間見ることも……いやそれは裏読みか。


人はその「モノ」単体の価値で買うことは少ない。

CMを流す、ってのはイメージを消費者に定着させるため。
「CMで見たことのあるA、よくわからないB」
なら消費者はAを選びやすい。
「ふんわり優しい柔軟剤」
「自然に優しい柔軟剤」
「20年前に主婦の○○さんが作ったこの柔軟剤は、今や北欧の家庭でも広く使われています」

「ふんわり優しい」は商品そのもののイメージ。
「自然に優しい」はまず洗剤と言うものが社会的に水を汚すというイメージが前提として有り、それに対して「自然に優しい」と言う付加価値を乗せる。
「20年前に主婦の○○さんが作ったこの柔軟剤は、今や北欧の家庭でも広く使われています」は、北欧の主婦(北欧=自然に優しいイメージ) 広く使われている=実績がある、というストーリーを乗せることでその商品に付加価値をつけてる。


プロレスの「因縁」やストーリーももちろん一戦一戦に付ける付加価値であり、WWEがアメリカで大成功したのはそのストーリーの描き方にこそあった。
普通のプロレスの試合であっても、そこに「睡眠薬を呑まされた娘がこん睡状態のまま悪役と結婚させられたから、離婚させるために父親が悪役レスラーと戦う」と言う物語が付くことでその試合が特別なモノになる。

THE OUTSIDERという不良格闘技団体では「地元」「ストリートファイトの前歴」「悪アピール」と言うストーリーを背負った元(現役)DQNの選手がリングで殴りあう。
そこにストーリーがある。


スティービー・ワンダーみたいな作曲家のことは全然知らないのでスルーしてたが「ストーリー消費」と言われれば確かにその通り。
恋愛ソングにしたって、その中に自分のストーリーと重ねあわせ「シンパシー出来る箇所」を探したりする。
歌単体がどれだけありがちで数年後には忘れられてしまうようなラブソングでも、その歌の描く「ストーリー」に自分を探すから泣ける。


ところがこれが逆に作用する場合がある。
芸能人のスキャンダルだの、そういう「実際はこんなんでした」という実態が出て来て虚構のストーリーが壊れると途端にそのものの価値が下がる。
今回の作曲家の件はこれにあたる。

あとは「逮捕される」「結婚する」とか、本来作品と作者は切り離されるべきなのに作者の行動が結びついて「結婚したからやめよ」「捕まったヤツの曲なんて聞くかボケ」と作品と作者のストーリーが結びついて作品自体の価値は不変の筈が、消費者にとって変化してしまう
岡村靖幸みたく何度も捕まってるのに作品が評価され続けるのは稀有な例。

作れば売れる時代ではなくなったというのはもうずっと前から言われてきたことです。それをどうにかするために、ストーリーを提供し、消費物の付加価値を高めようとすることは、消費者が価値を感じる限り、決して否定されるものではありません。


しかし、嘘のストーリーを設定し、それが露見してしまうと、ストーリーに依存しすぎたために、結果として消費物全体の価値を貶めることに繋がりかねません。(恐らく、難聴の作曲家は今後日本では取り上げられにくくなる可能性があります。)

ストーリーを売るのであれば、そのストーリーも、商品と同様にリコール対象とならないように誠実に作り上げる必要があるというのが、今回のケースでの供給者視点での教訓ではないかと考える次第です。

ウソのストーリーをつけてそれをウリにするのはハイリスクなんすよね。
真実のストーリーを流し余計な部分は隠す……その「物語」の付与が主流でこれからもそれは続くんでしょう。

アイドルにしろかつての「特別な存在」という「必要な部分以外は見せない」ことでファンにストーリーを(ファンの中の自己完結として)提供していたのが、今はUストやブログ、TWITTERなどで人間的な部分を見せどういう背景があるか隠さないことでファンにストーリーを作り上げる「材料」を与える(あの時彼女たちはこう感じていたはずだ、と勝手に妄想する)。
もちろん隠さないということは、それなりに漏れた部分から燃え広がることもある(だからももクロTwitterをやらないし管理は周到)わけですが。


と乗っかってみただけの小ネタでした。
おあとがよろしいようで。
物語工学論 キャラクターのつくり方 (角川ソフィア文庫)