物語消費(データベース消費)

作品ではなく物語を賞味・鑑賞することの是非 - 発声練習
ブコメで書いたのでいいような気もするが、自分も混同しやすいので書いてみる。

・話題のゴーストライターの話とそれに関連するエントリーを読んでメモ。オチや結論はない。
・料理を食べるとき、素材や調理方法、実際の調理だけでなく、食べる環境(盛り付け、内装やテーブルセッティング、室内環境、給仕者の技量)も一緒に勘案される
・これは料理そのものだけでなく、料理+αのα部分も味わいに入れている
・アイドルの曲については、アイドルそのものや振付・衣装などの見栄え、舞台演出なども含めて鑑賞される。音楽そのものだけではない。
・映画やドラマに使われた楽曲なども、楽曲そのもの+映画やドラマで自分が良いと思ったシーンのセットで鑑賞されることが多い。
・歴史的な遺物は遺物を通して物語を鑑賞・賞味していることが非常に多い。
・ちょっと卑猥な例としては、芸能人がポルノに出るとそのビデオの価値が高くみなされることがある。顔や体の好ましさだけでみれば、その人を超えるようなポルノスターはいるだろうに。明らかに物語こみの消費になっている。
「料理を食べるとき、素材や調理方法、実際の調理だけでなく、食べる環境(盛り付け、内装やテーブルセッティング、室内環境、給仕者の技量)も一緒に勘案される」というのは必ずしも「物語」では無い。
雰囲気づくり、デザイン、盛り付けと言ったタグ付けによって「価値があるように」感じさせるための付加価値であって「絢爛豪華な内装」は視覚・感覚的(潜在的、あるいは経験知的に価値を感じる)な価値の付与と言える。
物語とは「フランスで有名なあの伝説的料理人ジョエル・ロブションの~」という個人の履歴が付いた時にその物語が付与されるような事を言い、消費者はその「ジョエル・ロブション→有名、フランスで評価が高い」と言った様々な情報を自己処理し物語を構築する。
「ストーリー消費」は、必ずしも提供・付与される物語だけではなく、モノに要素のみを提供・付与され、それを消費者が自己処理・解決する場合にも言える。

「アイドルの曲については、アイドルそのものや振付・衣装などの見栄え、舞台演出なども含めて鑑賞される。音楽そのものだけではない。」
かつてドラマ「あまちゃん」の劇中歌「暦の上ではディセンバー」が大ヒットした。
あの曲はベイビーレイズではなくあまちゃんの劇中に登場した「アメ横女学園」やGMT6といった「作中作」の物語が付与されており、消費者はあの曲を聴くことでドラマの中の登場人物を二重写しにしていた。
消費者がCDを購入する時「暦の上ではディセンバー」はベイビーレイズの曲ではなく、天野あきがステージ下で踊りを練習していた「アメ横女学園」の曲として購入する。

大塚英志は著書『物語消費論』で、ビックリマンシールシルバニアファミリーなどの商品を例に挙げ、それらは商品そのものが消費されるのではなく、それを通じて背後にある「大きな物語」(世界観や設定に相当するもの)が消費されているのだと指摘し、主に1980年代にみられるこういった消費形態を物語消費と呼んだ。ここで「大きな物語(世界観・設定)」という意味で「物語」という語句を使うことは紛らわしいことから世界観消費といいかえられることもある。

東浩紀はこれをふまえ、物語消費論でいうところの「大きな物語(世界観)」が「大きな非物語(情報の集積)」に置き換わり、その文化圏内で共有されるより大きな「データベース」を消費の対象とする形態をデータベース消費と名づけ、特に日本の1990年代後半以降のオタク系文化において顕著にみられるとした。

データベース消費 - Wikipedia

エビ中の曲に「誘惑したいや」と言う名曲がある。

誘惑したいや 歌詞付き - YouTube
一般の「エビ中?」と言うひとにとってはただのアイドルソングでも、エビ中family(エビ中ファン)からしてみればこの曲にこれまでのエビ中のまだ売れていなかった頃やメンバーの脱退(この曲もこのメンバーで聴くのはあと少し)やさまざまなストーリーを見る。
それは一般的な「物語」ではなく、局所的なコミュニティ内における「暗黙知・物語・前提知識」で、あずまんのいう「データベース消費」に相当するのかも知れない(あずまんの本は読んでないから知らん)。
発声練習さんのいう
アイドルそのものや振付・衣装などの見栄え、舞台演出なども含めて鑑賞される
と言うものそれだけでは「データベース(ストーリー)消費」とは呼べない。
そこに「あのアイドルがこんな豪華な衣装で、たどたどしかった踊りも上手くなり、こんな大きな会場でライヴ出来るようになったんだな」と思った時に初めて「データベース(ストーリー)消費」が機能する。
一般の前提知識・共有知がない人が見ても単に「歌っている踊っている」だけであり、衣装や振付そのものに「物語」は付与されていない。

・ちょっと卑猥な例としては、芸能人がポルノに出るとそのビデオの価値が高くみなされることがある。顔や体の好ましさだけでみれば、その人を超えるようなポルノスターはいるだろうに。明らかに物語こみの消費になっている。
これに関してはその通り。
「物語消費」に相当する。
小向美奈子を観る時にその女優だった時代や、暴露本や、芸能人であった頃の物語を観るから価値が付与される。

オチや結論はない。