凡人として生きる

凡人として生きるということ
批判記事ばかり書いてると、どこぞの見たこともないようなブログに「批判記事を書くようなやつって言うのは…」などとDisられてしまうので、批判じゃないやつも書いてみよう。
元々、批判ばかり書いてるわけじゃないが。


みんな凡人だから劣等感を持つ必要なんてない - Hagex-day info

みんな凡人なんだから、些細なことで劣等感を持つのは意味がない。じゃあ、凡人は「ぼーー」としていればいいのか? と言われたら、沈み行き日本経済の中、凡人だからこそ、いろいろと頭を使わないとワーキングプアーにまっしぐらで生きていけない。
じゃあ、凡人なりの戦い方何なんだろう? と考える今日この頃でした
凡人、って、遍くすべての人々が実際は凡庸な人で、周囲から「アイツは天才」って思われていても、よほどのナルシストでもない限りは実は自覚的には凡人だったりする。

若いころは「オレは何か可能性がある」「人とは違うんだ」「きっと何かが出来る」と思ってる。
でも実際に何かある、他と違う人なんてほとんどいない。
気づくと年をとって、それなりに家庭を作ってそれなりに生活してる。
夢は諦めたらそこで終了だが、諦めないまま引きずってって生きられるほど世の中は優しく出来てない。


人によってはアートだの芸能界だのやってるが100年スパンで見てその名前が残るかどうかはわからない。
ロックンロールで世界は変わらない。
ロックだってロッカーにとっては生活の手段、おまんまの元。
見た目は派手だが、地味な演歌歌手の営業と本質は同じ。

100年後に「ももいろクローバーZ」の曲を聴いてる人が果たして存在するか。
村上隆やカオスラの作品が評価を受け「アートのターニングポイント」としてなにかしらの道標たりえるか。
ホリエモンがすごいのは判ったが、じゃあ彼は後世に何を残して何が評価されるのか。
100年後の世界が大きく変革するほどの何かを遺すのか。


生存戦略しましょうか。
何ものにもなれないと悟り、平凡な日常を過ごし、自分が生きるために稼ぎ、自分が生きるために飯を食う。
やがて普通の女性と結婚し、普通の家庭を作り、普通のマンションに住んで、普通に子どもが出来て、自分の人生が子供のための人生になり、年老い死ぬ。
例えそれは凡人の凡庸な人生でも、子どもを残すことは後世に残る。
凡人の凡庸な人生により社会は形成され、続く。
社会は天才によってできているのではなく凡庸な凡人によってこれからも続いていく。

普通に生きる、生きられるのは素晴らしい。
普通にすら生きられないよりもよほど(なんて言うと「境界の彼方」になってしまうが)いい。
何ものかに成れるか成れないか。
何ものかに成れたとしてもそれが維持できなければ過去の人呼ばわり。
「あの人は今」と言われて「あー、まだ生きてたんだこいつ」なんて視聴者に懐かしがられる。
生きてる限り人生はずっと続いてるって言うのに。


平凡な毎日なんてすばらしい。
平凡じゃなく明日死ぬかもしれない刺激的な毎日よりも余程。
平和と安寧の中で「退屈だなー、事件でも起きねーかなー」なんてひねもすのたりやってることはとても幸せであって、病気を抱え苦しみながら懸命に生きたり、明日食うメシにも困り毎日空腹と戦う日々や、目の前を銃弾が飛び交い爆弾が爆発するかもしれない日常を過ごしたいのか。


凡庸で特に才能のない平凡な一般人が書くしょーもないブログですが、どうかよろしくお願い致します。