拝啓、ブログをいつも読んでいる方へ

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photo by MJ Valente

SAMPLING

拝啓、ブログをいつも読んでいる方へ。
記事を書きつつ思うことがあります。


ウチの場合、甲記事と乙記事を組合せ解釈を加える記事が多い。
ウォーホルとサンローラン デザインと引用と記号 - あざなえるなわのごとし
昨日書いた記事を例にします。
ウォーホルが代表するアメリカンポップアートと消費社会、デザインの記号化、なんていうテーマはそこらじゅうで見かけるしありふれています。
書きながらウォーホル論だけってのは面白くないなー(多分、空疎だとDisって終る)と考えてたらサンローランを思い出しました。
ウォーホルの友人、同時代人のサンローランが行った引用手法もファッションでは当たり前です。
イヴ・サンローラン」を持ち出して「引用」「サンプリング」という切り口でウォーホルとくっ付ければ、新しくなるかも知れません。

ウォーホルが行ったサンプリングと言う技法は、アートだけではなくファッション界においても行われていました。
アートをファッションに引用。
そしてアート界のサンプリングは継続して、代表例としてバンクシーなんかを出すととりあえず記事としての体裁は整います。

「ウォーホルの引用」では面白くないし当たり前です。
イヴ・サンローランの引用」も語り尽くされています。
しかしその当たり前の二つをくっ付け「ウォーホルとサンローランの引用、受け継がれてるサンプリング」とすると他にはあまり見かけないし(当たり前すぎてやらないってことだが)特色が出ます。
こういうサンプリングで記事が出来上がっているんです。


NO SURPRISE

で、そーいう当たり前の記事を書くと「当たり前のことを今さら」などと言われたりします。
「当たり前」「今さら」と言われても、それを指摘するアナタにとっての未知の知識を選んで書いてるわけじゃないんですが。
アートに詳しい人にウォーホルは当たり前でもサンローランは違うかもしれない。
ファッションに詳しい人にサンローランは当たり前でもウォーホルは違うかもしれない。
両方詳しい人でも関連づけて考えない人だっているはずです。
どちらについても全く知らない人だっているはずです。
誰かにとっては当たり前、でも誰かにとっては当たり前じゃない。
だから記事は誰か「当たり前じゃないと思ってるひと」に向けて書いているんです。

指摘する「アナタ」だってすべてを知ってるわけじゃない。
なのに自分の常識を持ち出して
「こんな当たり前のことをわざわざ」
と言われても、それは誰しもに適用できるわけじゃありません。


SUBJECT

また、そんな記事の主語を大きく理解されてBと言う集合の中のB’のみを語っているはずが、いつの間にか主語が大きくなってBを語っていることになっていたり、さらにはBを含むA全体を語っていると誤解されていたりすることもあります。
記事はB’だからこそ適当なのに、主語がBやAではズレが生じる。
脳は主語を理解出来ない。
だったら省略するべき主語を記事では、あえてくどく書かなければならないのかもしれないですね。

言及を行う際、主語の代替えに言及先生地のリンクを張ることもありますが、そのリンクが読まれず判断されたりもします。
これも誤解を生む、ということなのでしょう。
言及のリンクを張り、そのダイジェストやまとめた掌編を適宜書きおく。
そのひと手間が誤読や誤解を避けるのかもしれません。


また
「ブログでは漢字よりひらがなをつかいましょう」
「難しい表現は避けましょう」

などと言われ、婉曲な表現は読解力を必要とする為、無知蒙昧な方々に忌嫌われますが、わざわざ難解な言い回しを選択している自覚があるわけではないのですが、しかし読解の妨げになるというのであればそのような表現や漢字の多用などは避ける方が適当なところなのでしょう。


書く時に何かを意識して書くこともあります。
例えばAと言う記事を書き、それに対してどこかのブログでBが書かれた。
そこで翌日辺りにBを受けたA+という記事を書いたとします。
Aに対して書かれたBだからA+な中身の記事を書いているのですが、Bのことを言及しないものですから(言及したら負け的)単なるAの続編ととられ「Aがウケたからってまた同じこと書いてやがる、ネタ切れwww」と言われることもあります。
もちろんBの記事が前提でないんですから誤解はされるかもしれません。
しかしA+記事単体がつまらないならまだしも、Aを意識した続編的なA+のことを書くことの何か悪いのか、よく判りません。
ウケたからって調子に乗っているわけではないのですから。


NO SURPRISES

当たり前のことを書く。
しかし、当たり前のことだけを書く単純な記事が嫌ですから、他からなにかを引用したり、なにかを関連させたりしているんです。
ところがそういう部分は伝わらず、単純で解りやすい部分ばかりが間違って伝わってしまいます。
読解力、というよりも表現・文章力の問題でしょうが、なかなか難しい。
読ませるべき部分を読ませる、これは今後の課題。


ブログを続けていれば過去に書いた事を再度書くことも多いです。
いつも読んでいる人からすれば「またかよ」と思うかもしれませんが、これを知らない人もいらっしゃいます。
そういう知らないひとに伝えるのに一番わかりやすい表現やたとえ話を自然と考えてしまうし、慣れている分書きやすいんです。


テーマが重複することもあって、残念ながらそこそこいい歳なので書きながら
「この話題前にも書いてるな…ま、いっか」
「似たこと何回も書いてるなー、オレわ」

だったり、書き終わって
「…あ、前に書いてたっけ。ま、いっか」
という場合だってしょっちゅうあります。
そういうものをこのブログで見かけたときは、どうか縁側でネコを撫でながらおじいちゃんが同じ戦争の話を何度もするのを想像しながら、そっとタブを閉じていただくのが正しい対処かとおもわれます。
こればっかりは書いている人間が一人しかいないので避けられないのです。


CLOSE

同じ話を何度も書き、当たり前だと揶揄され、判りにくいと指摘されるこんなブログですが、上記を頭に入れつつおやつかじりながら気軽に読んでいただくのがちょうどいいとおもわれます。
真剣に読むと損をしますよ。
無知な阿呆が書いてる凡百の弱小ブログなんですから。
虫けらブログ1つ潰したって得しません。
敬具。
一生ボケない脳をつくる77の習慣