岡田斗司夫・福井健策「なんでコンテンツにカネを払うのさ?デジタル時代のぼくらの著作権入門」を読んで考える電子書籍のかたち

なんでコンテンツにカネを払うのさ?デジタル時代のぼくらの著作権入門
岡田斗司夫氏と弁護士 福井健策氏の対談本。
テーマは「インターネットコンテンツと著作権」について。

さすが岡田斗司夫の視点は面白い。
読んでいてこちらのブログ(読者登録787人?!)の記事を思い出した。
アマゾンに負けない僕らの町の新しい本屋さん!(近未来SF) - ICHIROYAのブログ
こちらの記事では、未来の書店にて電子書籍もしくは自分の好きな形式で本をプリントアウト→製本を目の前で出来る「オーダー書店」の未来図をフィクションのかたちで描かれている。

僕らの町のこの本屋さんはほんとうに素敵だ。
 僕らはこの本屋さんをみんなで支えたいと思っている。
 アマゾンが潰れてしまわない程度にね!
この発想は面白い。
書店と言うものが今後、どういう形態なら存続していけるかの一つの形態。


電子書籍とは一体何なのか?

電子書籍」と言う存在の位置づけは
「所有しなくてもいい安価で読むための電子書籍
なのか
「紙とは違う付加価値を付けた別のモノ」
なのか。

考え方のベクトルが全く異なるが今のところは概ね前者、一部後者といったところ。
電子書籍は安価が当然という認識が一般的に思える(ICHIROYA氏のブログ記事でも安価に設定している)。


「なんでコンテンツにカネを払うのさ?」では電子書籍について
・紙の本は豪華版にして価格を上げプレミアムの価値を付ける
・単に読みたいだけの人は電子版を買う
・好事家が紙の本を買う

そういう未来図を提示しているし、現行の「安価な電子書籍」を続けていくなら、その先にある差別化は岡田氏の言うような姿だろう。

岡田 僕は、出版に関してもライブは成り立つと考えています。そのためには、本の値段ももっと多様化しないと。ちゃんと製本されている本は一番高くていいんですよ。僕の『遺言』なら本革表紙なら5000円、普通製本されていれば2700円。データだけの電子書籍は500円で売ればいい。
そうするとそれぞれの値段にちゃんと意味が生じるじゃないですか。
書籍をめぐる状況がどうしてこんなにグチャグチャになっているのかというと、値段に意味がないからです。
2700円という1種類の値段しか用意されていなくて、これが古本屋ではいきなり100円や200円で売られている。そうではなくて、出版社はもっと売り方のバリエーションを増やすべきなんですよ。デジタルでかまわない本、ちゃんとマテリアルとして手元に置いておきたい本。
そうすれば、「読みたい本」と「愛する本」の差を、ちゃんと値段で差別化できる。
好事家の定量化しづらい「愛」「執着」「趣味」を値段によって数値化する。
それも未来の本のかたちだろう。


コンテンツで飯が食えない未来

読んでいて面白かったのは「コンテンツを作る能力だけで食える」現状に対する岡田斗司夫氏の視点。
(岡田)じゃあ、コンテンツの創作はどうなのか? マンガを描ける、楽器を演奏できる、小説を書ける、その程度の能力で、飯を食っていこうというのかと。僕たちの社会が持つ余剰は、そういう能力のある人間をどの程度くわせていくことができるのだろうか? うまいだけなら、趣味でやっていけばいいんですよ。コンテンツを作って食っていきたいというヤツに会うたび、「草野球が趣味のサラリーマンみたいに、もっと真面目に生きろよ!」と言いたくなっちゃう(笑)

福井 ははは。創作は真面目じゃないんですか?

岡田 創作だけで食っていこうという態度が真面目じゃありません

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インターネットによってクリエイターの参入障壁が下がり「一億総クリエイター時代」が到来した。
プロでない一般のクリエイター。
それらの作品はマネタイズされず無料で提供される。

こうやって読んでいる、このブログの記事も無料で読める。
どこかのライターが金をもらい書いている記事とは違う。
どこかの名も無い一般市民が、誰に求められているわけでもないのに岡田斗司夫の本を読み、電子書籍とコンテンツの未来について考え、それをネットに書きこんでいる。
そんなものはネットを探せば幾らでも出てくる。
ムカつくものから、バカでくだらなく価値のないものから、当たり前の見慣れたものから、とびっきり新しい意見までさまざま。
ネットには無数のゴミが転がってる。

この記事が、宝石なのかゴミなのかは知らない。
どちらにしろタダなのは変わらない。

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ブロガーによっては雑誌やサイトで連載をしたり本を出したりもする。
本を出したブロガーの記事は果たしてプロの記事か、アマチュアの記事か。
プロとアマチュアの差はとても曖昧になっている。


アナログ→デジタル

「○○だから○○なのだ」
観念的な教えや教訓、知恵・情報を伝達するためにことわざが作られた。
権力者、歴史学者の手により物語や歴史が書かれ、後の世に伝えられた。

誰でも読み書きができない時代。
必要な人間だけが読み書きできればよかった。
文字を書いた本は数えるほどしか無く、コピーするには手で書きうつすしかない。
本がなくなれば書かれたその知恵・情報は失われる。
やがて印刷技術が進み、そんな特定の人間しか読めなかった特別な「書籍」と言う知恵・情報が手に入るようになり、人間の知識レベル、識字率は向上した。

デジタルと言う禁断の木の実を手にし、今度は無劣化でコピーできる時代。
どんな情報も共有・拡散できる。
インターネット上のサーバーにアップロードすれば、アクセスして読むことができる。
回線と端末、通信費以外には必要ない。


著作権はデジタルに対して作られたものではない。
特定の人物しかできなかった「クリエイター」の創作物を保護し、流通を独占。
利益をあげるために作り上げた仕組み。
鈴木みそ「ナナのリテラシー」にも描かれていた、今の出版社の漫画家との関係性の特殊さはそんな長年の「マネタイズをさせるためにどうすればいいか」を突き詰めた結果出来上がった異形のキメラ。

デジタルと言う管理しきれないコンテンツをマネタイズするためにDRMなどを使い必至で保護しようとしても、そのマネタイズは「現行のシステムを守る」ためのものでしかないし、強いのはコンテンツ保持者ではなくプラットフォームを持つ企業。
電子書籍は、本でありながら本ではない。
別なモノなのに同じ軸線上で語るからおかしな事になる。
電子書籍に関しての認識が今後変わっていくのか、それとも単なる紙の書籍の安価な代替え品にしかなりえないのか。
ネットの片隅で見守っています。

「なんでコンテンツにカネを払うのさ?」は、電子書籍に限らずデジタルコンテンツとこれからの著作権やクリエイターのかたち、そういうものに興味がある人なら面白く読めるおススメの一冊。
薄いからすぐ読み終わる(笑)

余談

読者のリクエストを集めて絶版本を復刊するサービス「復刊・ドットコム」が電子ブックでも復刊投票を開始!
絶版本や珍本、稀覯本
そういったものの復刊は少数刷りの単価の高さからして今までは難しかった。
しかしこれから電子書籍化がもっと進み、ある程度の方向性が出て来ればこういう絶版本や珍本、稀覯本電子書籍での復活も叶うんだろう。
とはいえ絶版本などを求める蒐集家は「電子書籍だと?!デジタルデータなんぞ要らん!!本で圧死するまで集めてやる!」そんな風にのたまうのでニーズと合致しないかも知れないけれど。