ブログ記事の「適切」な長さ

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映画、演劇、テレビゲーム、ネット上の文章は、どのくらいの長さが「適切」なのか? - いつか電池がきれるまで
このfujipon氏の記事に対して「コンテンツの長さってさ…」って記事を書いた*1んですけど
「ブログの適切な長さって」
というトレンド(主語)に集約されちゃいましたね。
流れに強いられてみます。

僕自身も含めて、これだけ情報が氾濫している世の中を生きていると、ネット以前、20年前くらいと比較して、それぞれの娯楽のコンテンツの長さは「半分」くらいが適切になってきているのではないでしょうか?

それは、ネット上での「文章の長さ」にも言えるのかもしれません。
書いていると「このくらいの長さで、『長すぎ』って言われちゃうのか……」と思うこともあるのです。

(中略)

これらの記事から考えると、「2000文字くらいまで、長くても3000文字は超えないほうがいい。3分間で読み切れるくらいの分量」が、現在の「適切な長さ」ということのようです。
堀江貴文さんのように「400字以内で要点だけ!」という人もいるし、僕も正直、面白くなければ2000文字でもきついです。
……とか言いながら、自分で書くと、つい長くなる。

「ブログの適切な長さって」
というテーマから書きはじめるのはこのブログじゃなくていい。
このブログは、まず「適切って?」から始めてみます。


適切・適当・順当

ブログにとっての「適切」な記事量って何だろうか。
例えば「○○と言う店が美味かった」記事だとする。
その場合一番簡略なのは店のリンクを張って。
このお店超美味かったっす。おススメ


そこに味の感想や料理の感想を付ける。
このお店の目玉料理がビーフシチューなんですが、お皿に大盛りで出てきて最初食べれないよーって感じなんですが、食べていくうちに濃厚なフォンドボーの味わいが深くってスプーンが止まらず一気に食べちゃいました。超美味かったっす。おススメ


更に情報をつけ足す。
新宿駅から歩いて15分ほど。繁華街から一本細い道に入ると一見和風なのれんがかかったこの洋食屋さんがあります。
このお店の目玉料理がビーフシチューなんですが、お皿に大盛りで出てきて最初食べれないよーって感じなんですが、食べていくうちに濃厚なフォンドボーの味わいが深くってスプーンが止まらず一気に食べちゃいました。超美味かったっす。おススメ


更に更に情報や装飾をつけ足す。
いつでも込み合う新宿駅を尻目に西口から歩いて15分ほど。繁華街から一本細い道に入ると新宿とは思えないくらい人気のない住宅街に入ります。
そんな住宅街にぽつんと一見和風なのれんがかかったこの洋食屋さんがあります。
からんころん、と扉を開けてると喫茶店のマスターみたいなオーナー○○さんが出迎えてくれます。
テーブル席は二つ、あとはカウンターに四席の小さいお店ですが、お昼時は満杯になるらしいです。
いつもは行列なんですが丁度谷間に来れたのですんなりカウンターに座ることができました。
このお店の目玉料理がビーフシチューなんですが、お皿に大盛りで出てきて最初食べれないよーって感じなんです。
磁器のお皿にブラウンソースと中央にどかんっと乗った大きな牛肉。
人参や玉ネギなど野菜もゴロゴロと形を残してある。
肉にスプーンを入れてみるとほろほろと繊維が崩れて本当にやわらかい。
玉ねぎは小さい玉葱を使っていて、口の中で潰すと弾けてこの味も変化があってとてもいい。
シチューを食べていくうちに濃厚なフォンドボーの味わいが深くってスプーンが止まらず一気に食べちゃいました。超美味かったっす。おススメ


どれが「適切」ですかね?
まとめなんかは一番上だろうし、食べログなんかだと一番下は当たり前という感じ。
何かしらの感触や感想と言った抽象的で言語化しづらいものや情報を伝えようとすると長くなるかなーと言った感じ。
簡潔であればあるほど「情報」だし、長くなると「物語」が乗っかる。

読み手の「適切」は何を読みたいかによって決まる。
書き手の「適切」は何を伝えたいか、なにが望みか、どう読まれたいか、によって異なる気がする。
読まれたい、と言う動機もひとによっていろいろあると思うので。
「多くのひとに読まれたい」という意味はなんだろう。
誰かしらが読んでくれるだけで満足できないのはなんでしょうね。
金目当て、ってのが一番わかりやすいけれど。
神戸牛 角切100%シチュー 220g

*1:下書きのまま未公開