ネットでイナゴとバッタとコウモリが「議論」してると聞いたのでサルが疑問を少し

教育を語るならトレードオフを見よう! 経験学習vs系統学習 - コウモリの世界の図解
コウモリがキーキー鳴いているがよくわからない。
もう終わってる話題なのであくまでも疑問として。批判じゃないっすよ、疑問、疑問。
国語力がない無知蒙昧なワタクシなので判らなかったって話です。
批判なんてダサいですよねー、後出しジャンケンは格好悪いデスヨー。
…さて。


経緯、と言うか構造をまず見る。
下から7割の人のための理科&算数教育 - Chikirinの日記
ここ数日で見まくった記事だが要約をする。
・義務教育と高校をあわせた 12年間のうち、私に必要だったのは小学校だけ
・中学・高校で化学、物理、生物、地学などを学ぶ必要はなかった
・算数に関しても、中学校1年までに学んだことで十分だった
・数学や理科に関しては、全体の3割程度の生徒が学べばよい
・その3割は、今よりもっと高度な内容について学べばよい
・残りの7割は、今教えられてる内容に替えて「生活するために必要な科学知識」を教えよう
・皆に同じ教育をするという平等主義が無駄なのだ

概ねこんなところがこの記事の要素になる。
個人の経験則・認識から義務教育全体へ広げるやり方が気になる感じですね。


で、バッタ氏。これも要約。
ちきりん氏のお粗末な科学教育論 - バッタもん日記
・「安っぽい人生訓を勿体ぶって切り売りしているだけの三文自己啓発屋」ちきりんの記事がおかしい
・中学以降に教わった数学や理科が役に立っていないと過去を振り返っているから言える
・子供の適性はわからないし子供の可能性を狭めることはあってはならない
・「台形の面積の計算方法を教えること」は数学的思考法を育てる一環
・「インターネットで検索すればすぐわかるから学校で教える必要はない」とは浅薄

とりまこんな感じ。
概ね科学教育と言うものの認識について。

次は、イナゴことやまもと氏。
…コウモリさん、やまもと氏とやりあうつもりですかねw
「役に立つ知識」としての学問: やまもといちろうBLOG(ブログ)
・燃えてたのは、荻上チキじゃなくちきりんだった
・体系的な科学的知識を構築することを試みてみない限り、上3割も下7割も分からないであろう、子供が取り組む未来の可能性を狭めるという部分はバッタ氏に賛成
・ちきりんの「実力別クラスの編成で、出来る子ややりたい子には充実した学習環境を」という考えは良い
・学んでいく創意工夫のところでもう少しトライするべきことがあるんじゃないか?
・ちきりんも食わず嫌いせず理系的な考え方が役に立つアプローチもあると思う
・何事かを学ぶというのは学生だけの特権ではなく、キャリアを構築した人でも充分に取り組む価値のあるもの

こんなところですね。
学習は学生だけのものじゃない、というところも独自。


ちきりん記事の大きな流れを抜き書きすれば

今から振り返ると自分にとって理数は小学校レベルで充分だったしあとはムダ

だから三割に教えるだけでいいんじゃね?

残りの時間はもっと生活に役立つハウトゥを教えれば充分

これがちきりんの論法。
で、皆が糾弾してるのは
・今から振り返ると自分にとって理数は小学校レベルで充分だったしあとはムダ
ここですよね、ここ。
理数はいらないし判らなければググれ、って言う言い回しに「理数は無駄じゃない!」と言ってる。
ところがコウモリさんはなぜか

そのトレードオフを理解せずに、「理数の学問的基礎は大事だから~ <`ヘ´>」の1点張りで自分側の主張だけしても、反論にはなっていません。両者を比較した主張をしないと議論にならない
え?
……。
誰も議論なんてしてないように見えますけど?
教育について議論しなきゃいけないんでしたっけ?
教育についてでなければ、他のブログが言及してはいけないんでしたっけ…?
ぎ‐ろん 【議論】

[名](スル)互いの意見を述べて論じ合うこと。また、その内容。「―を戦わす」「―を尽くす」「仲間と―する」


議論 とは - コトバンク

お互いの意見を述べて同じテーマを元に「論じ合う」のが議論ですが、ちきりんを中心に行われてるのは「炎上上等の荒っぽい教育に対する個人的な見解をベースにした教育論」と「その理数の認識・ディテールに対する批判」ですよ。
ブログってそういうもんなんじゃ...?

やまもと氏に至っては珍しく

何事かを学ぶというのは学生だけの特権ではなく、キャリアを構築した人でも充分に取り組む価値のあるものですし、「今の理科や数学で教えられている内容は、ほとんどの人には生涯を通じて無関係」などと言わずに一度ちきりん女史には取り組んでみて欲しいと願う次第です。
これってめちゃくちゃマジメですよ、やまもと氏の割に。
mixiもないし。
もし相手が荻上チキだったらもう…。


反③義務教育で扱える内容は「有限」であり、色々なことは学べない。
  =義務教育で何を扱うにせよ、扱われなかったものとのトレードオフがある。

反④何を扱うにせよ、扱わなかったものについての未来は(ある意味)狭まる。
  =子どもの未来を狭めない教育など存在しません。

要点:何かを教えるということは、別の何かを教えないということに他なりません。プラスしか見ないのは、アタマがお花畑です。

これがもし
「義務教育の中では必要ない教育も多いと思う。だから絞り込んで、その空いた時間で今の時代に合った教育を行えないだろうか」
だったら絶賛だったんじゃないですか。
わざとケチがつくように記事を挙げたんだ、ってんならその行為自体性質が悪いですけどね(察し)。
今さらの話だけど。

ところが
「アタシは算数も科学もいらなかったから、教育って理数は三割に特化して教えてあとは日常のハウトゥでいいよー」
と言っちゃったから燃えた(燃やしたんだろうが)、って話なのに
「ちきりんの言ってる三割を特化するってトレードオフの考えは素晴らしいのにどうして些末なことにこだわるのあんたたちバカぁ?!」
と言ってバッタ・イナゴ両氏の記事の一部をとらえて批判してしまうのは、ちきりんの主張全体と言う「プラス部分だけを見ているお花畑」であり「お前らディテールにこだわって反論になってない」と言いながら、自分は批判対象記事のディテールを糾弾してるって言うブーメランが突き刺さってるように感じるんですが、気のせいですかね。

反論にすらなってない
というか誰も反論なんて初めからしてないように見えましたけどね。
はんろんするべきですよねー。
ウチは国語力低いんで気のせいなんでしょう、きっと。

ま、バッタもイナゴも「木を見て森を見ていない」わけでは無くて「森は見てるけど木の切り方が許せない」だったり。


あとブログで議論が行われているって言う前提はどこから出て来たのか全然よく判らないんですけど、。
…あぁ、幻のブログ論談かしら(懐かしいわ)。
と、読んで思いました。


あくまでもこのバカ猿が読んで判らなかった疑問なので、どーでもいいですけどね。
議論じゃないし、答えも求めてませんし、どーでもいいですし。
正直、この話題飽きたし、批判を批判する人も今回色々見れたし。
ニンゲンハオモシロイデスネー。


で、他人のブコメを並べるって……うわぁ。
ダメな議論―論理思考で見抜く (ちくま新書)