「ブログでの議論」の作法

議論することもあるけど、言いっぱなしになっちゃうことが多い。 - 絶望?なにそれ?美味しいの?

実はネット上で議論したことは何度かあって

「もうめんどくさいから、会って話しちゃおう」

なんていって、飲みながら議論をするなんてことがあったんですよ。そんなのを見ているので、当人同士は話がついていて、周りが勝手に議論していることを、当人たちが見ているなんてことも多く見受けられました。

では、なぜに言いっぱなしになっちゃってるって思うのか。

こう意見があるんだ

いや、これが真実だろう? ←最近はここで終わり、これでおしまい

でもね、これこれこういうのがあってね ←こいつがないんです

だから、言いっぱなし感が半端ないんです。

炎上は議論にならない、ってのは実は別記事で書いたんだけれど、炎上と言うのは何かしらまず最初の火元の記事に瑕疵(あるいは釣り、煽りなどの燃焼剤)がありそれに対して批判記事やメンションでの凸撃があって「燃える」わけですよね。つまりこの場合、

炎上元

批判者(多数)

こうなるわけですが、炎上元から批判者へは批判しないわけです。だって燃えてるから。
情況としては、一体多数で1人一段高いところで演説してるところへ周囲の人間が靴を投げてる。
そんな時に誰か一人を吊し上げて靴を投げ返してもそれは意味がない。
もしやったら随分マッチョです。

そもそもが炎上は瑕疵とそれに対する批判ですから。
1vs1なら炎上じゃないですからそれは議論になりえますけど、ただネット上での「議論」ってやつは結局揚げ足取りになりやすい傾向がある。
引用して一行一行ネチネチやったりとかね。

過去に議論(にもならないやりとり)をやりましたけど、お互いに意見が合わないからこそやりあってるわけで、例えばこっちが論陣をがっちり張っても相手は主旨そっちのけで関係ないところを突っついてきたりする。
だって相手は主旨が間違ってない、オマエの批判がおかしい、としか考えられない。
考えられない人だからそんな瑕疵だらけの記事を挙げる。
まともな話を書けない・読めない人にツッコんだらまともじゃ無い返球が帰ってくるのは当たり前。
こっちが論理的にはかなりいい感じに出来てるかもーって主張に「この単語の使い方がおかしい」「ここの認識が違う」とかニッチだったりジャーゴンで一般論じゃなく個人的な認識(いや、それお前の認識を崩すとこから始めるのかよ…)を言われ出したら、もうやる気も無くなる。
面と向かってりゃあ「いやいや、そんなことより、これがさ…」と出来るけど、ネットならそれに対していちいち答えないと「なんだ?!スルーか?答えないならうちの勝ちって事で」とか意味の判らないことを言い出す様子を見て、あぁそうですかとそっとタブ閉じですよ。
そう言う意味の判らないことを突っ込んでくる人もいるわけです(額にブーメランが刺さってる気がする…)。


ブログ同士の議論の場合、炎上と言うよりもまず何かしらのテーマがあり平和的な関係性を前提としたうえで

A「これってどうですかね?」記事

B「んー、こっちじゃないですか?」記事

A「あー確かに。でもこれもいいんですよ」記事

B「なるほどなるほど。確かにそうですね、じゃあ両方って事でww」記事

このくらいのユルさだといい感じに終わる。
ネットの会話で重要なのは「いかに寛容になれるか」「多様性を認められるか」ですから、炎上と言う「どちらかに不具合のある」状況では難しいかと。
挙げ足をとろうと思えばいくらでもできるし(まともにそんなことすらできないバカもいるけど)お互いが躍起になるテーマは避けるのが無難ですね。
宗教、政治・思想は他人と話すな、と昔から言いますし。
ブログ論程度なら人によっていろいろあるだろうし、議論も成立しそうですが。
ただブコメ欄に「キャッキャウフフ」タグは必至ですが。

とりま近々で言うと

ちきりんが燃やす

批判

批判の批判

こんな感じまでは、行ってますが、批判の批判はズレてるものが多い。
逆張りですから事実の切り分けとか、批判の対象や範囲、要旨が読み切れてない感じですかね。
批判も批判の批判も、するのには資格も能力も必要ないですから中身のレベルはまちまち。


ブログで議論や論壇やるんであればマナー程度は何かしらある方がいいんでしょうけど。
ということでブログ同士の言及からの議論はこういう風に平和的に言及すると成立しますよねー、というお話。
このテーマに関して誰かが言及して広がる、ってのもありなわけですよね、とキャッキャウフフを終わります。