ネットが面白くないなら、自分で面白くすればいい

はてブまじ終わってんな

もう何度目だって話ではあるけど

釣られるのも、炎上に参加するのも、揚げ足取りでおのれの小さな自尊心を満たすのもいいけどさ

以前はもっと心躍るような魅力的なサイトに出会える場であったはずなんだけど

最近その遭遇率がめっきり減ってしまったよね

代わりがあるでもなし

なんか、かなしい

昔はよかった的な感傷、と切り捨てるのは簡単だけれどこういう「昔はよかった」発言をいつの時代も見かける。

いわゆる「近頃の若いもんは…」と言う感情を抱いたら自分が歳をとった証拠、と同じくいつの時代も同じ感傷は廻り続けてる。

確かに昔はよかったように感じる。


ゲームにしても、昔は画像は荒かったし、色数は少なくて動きはカクカク、ゲームバランスもひどい。

それでも面白かったし楽しかった。

「今のゲームはグラフィックはいいけどさぁ…」

と当時の感傷を今に持ち込んで「昔はよかった」を語ってしまう。


ネットだってすっかり変わった。

原色のGIFアニメがチカチカするホームページや、突然チャットルームに入ってみたり。

まだ「繋がる」という実感も未発達でインターネットって言う文化がどうなっていくかなんて全く考えてもいなかった。


でも、この増田が嘆いてる「以前」は5インチフロッピーの時代でもないんだろう。

どの時代が「昔はよかった」なのかは個人によって異なる。

ひとによってはmixi全盛期だし、ひとによってはポスペだったり、ニフティサーブだったりする。

「テレホタイムかよ…重てぇなぁ」

なんて時代もあった。


何年もすれば

「あの頃はよかったよなー、はてなも活気があってさ」

「増田でも喧々諤々やってたし」

「今じゃそういうのもめっきり減ってしまったね」

とか言われるのかもしれない。


本当はいつだっていい部分も悪い部分もあって、昔のネットよりも今の方が情報は洗練され、効率化されてる。

人口も少なかったし、未来がどうなるか見えてなかった。

若いと自然、視野が狭く浅い。

歳をとって視野が広がって色々見えると、いい部分も見えるが嫌な部分も見える。

いつだって今より昔の方がいい。

昔あった不便だったり嫌だったりしたことは忘却に塗りこめられる。

そしてインターネットの自由度が高いからこそ、その人のインターネットの楽しさや豊かさは、その人自身を反映したものになる。自分が何を観るのか?どのように観るのか?そして誰と言葉を交わすのか?すべてが自分の意志に委ねられ、一人でディスプレイと向き合っている時に何者にも干渉されないからこそ、インターネットはその人自身を映す鏡となる。だから、インターネットがつまらないと言って憚らない人は、鏡にうつった自画像に向かってつまらないと言って憚らないのも同義だと思う。


「ネットがつまらない」≒「自分がつまらない」 - シロクマの屑籠

いつも思うんだが、増田に向かって匿名で

「今のブログはつまらない。魅力的なものが全然ない」

と嘆くなら自分でブログを初めてみればいいのに。

自分が書きたい、読みたいことを書けばそのブログは一番魅力的に映る。

別に「誰かに喜ばれる」必要なんてない。

自分でネットを面白くするための手段はいくらでもある。

自分が読んで面白い、自分のためのブログ、それを書く方がよほど建設的。

タダで与えられるものにすら文句を言い、過去を懐かしがるよりも余程。

誰もお前だけを楽しませるためになんて書いてない。

「いいね!」時代の繋がり―Webで心は充たせるか?―
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