燃やし燃やされ、釣り釣られる自分本位でマッチョなインターネット

※長文なのでイヤな方はそっとタブ閉じ推奨
なんの因果だか道徳と倫理について書いてみる。
正直、学生の頃の道徳の授業なんて全く覚えてない。
「道徳?うわ、興味ねー」
という思いなのだけれど、ここを考えないと現在のインターネットを正しく読めないので仕方なく考える。


盗み盗まれ生きるのさ

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現実世界において、ひとのものを盗めば盗んだ相手のものはなくなり、盗んだ人間(盗人)のものになる。
盗まれた側1    盗人0 
盗まれた側0→盗む→盗人1

現実はアナログな物理世界。
文具店で消しゴム一つでも盗めばそれは罪だし、見つかれば警察に連行される理由になる。
軽い重いはあっても、罪は罪として変わらず罰せられる。


ところがインターネットなどのデジタル世界ではこのルールは通用しない。
盗まれた側1    盗人0
盗まれた側1→盗む→盗人1

例えデータを盗んでもデータはなくなるとは言えず、完全なコピーが増える。
劣化せず全く同じデータが複製される。
盗んでも相手は損をしない(と勝手に決めつけ)し、罰せられないから幾らでも盗んでしまおう。
「この程度なら構わない」と勝手に考え行動する。


パクリツイッタラーと言うものが存在する。
パクリツイッタラーは、他人のツイートをまるまる盗んで自分のものとして公開する。
パクリツイッタラーのツイートは面白い。
当たり前だ。
他人の面白いツイートを盗み、ツイートしているから面白いに決まってる。

ところがデジタルなツイッターでの盗みは盗難にはならない。




この名言が象徴しているのだが、デジタルなツイッターではツイートを盗んでも罪にならない。
罰則がなく、コピーされるからだ。
社会的意識や道徳観が欠如していていれば現実であれば犯罪者だが、ツイッターでは人気者になれるし盗みであれ承認欲求は満たされる。
盗人猛々しい、などと言うが「ひとのツイートを盗むのは悪い」という倫理は存在しても「それは罪だ」と言う法はない。
法で裁かれないのなら何をしても構わない、という道徳観の欠如した思考がこのような発言に繋がる。
お前のものはオレのものだしオレのものはオレのものだ。
オレは盗まれても構わないからお前も盗め。
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パラレル・パラダイム

昨今の釣りや炎上商法などの一連の記事を見ていて感じる、書き手や読み手の道徳・倫理観の差。
ネットと言うのは無法だが、ひとは無法ではない。
ひとは現実世界で道徳・倫理を学び、それに準じて考え生きている。
ひとのものは盗まないし、既定の法があればそれに準じて考えようとする。

例えば「引用」。
「引用」に関して法は規定されている。
しかし現実の書籍などを意識しているためネットで適用するには不備が多い。
ネット用の引用に関する規定や罰則という明確な規律はない。
現実的な道徳・倫理観を優先するひとなら「法で定められている」ことに従いそれを行う。

ところがそういう道徳・倫理観を軽んじればどうなるか。
「ネットでは決まっていないから」
「誰も損なんてしないから」
「訴えられるなら当事者が訴えればいいしその覚悟でやってる」
「権利者でもないクセに騒ぐな、お前らに糾弾する権利なんて無い」
「「部外者」は著作権違反について騒ぐな」

と考えれば既定の引用に関する法など無視しても罪として罰せられない。
ネットで規制されてるのではないし、やったからといって親告罪だから権利者が気づき訴えでもしない限り問題はない。

他人のものを自分のものとして拡散して何が悪い。
拡散された側だって利益になるんだからいいじゃないか。

ここでも虹パ○ル大先生の名言が光り輝く。
イケ○ヤ尊師と虹○ネル大先生の考えの根本は同じだ。
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道徳や倫理観は、必ずしも一律ではない。
学校教育、というよりもしつけと言うレベルでかも知れない。
「ひとに迷惑をかけてはいけません」
「他人が不快に思うことはしないようにしなさい」
個人よりも社会・周囲を優先させる考えは必ずしも論理的ではない。
他者や集団と言う視点を持たないと理解は難しい。


無法の法

今のネットの大半は「個人の道徳・倫理観」で大半が維持されているだろう。
罰せられないから罪ではないという主張がまかり通り、誰かがアップロードした画像を「拾い物」と称して使い回し、誰かが違法にアップロードした音源や映像を見て正規品の代用にしたりする。
「中国は民度が低くて」などと揶揄する光景を見るが、少なくとも日本語圏のネット民度が高いとはとても思えない。
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まとめサイトは書き込みを使用する権利が元々無くても勝手に使い、それを読む人間は倫理観なく便利だからという理由でそれを読み拡散し、それがいざ使えなくなると聞けば不便だと嘆く。

「釣りや炎上商法が悪い」と言うひとは、自分が引っかかったから言っているなどと言う単純な理由ではなく、現実世界の道徳や倫理観に準じて「表記と価値とは近似値でなければならない」と考えている。
過剰に飾り立てたり、他人を不快にさせるような記載をして、自分の利益にしようとする行為は現実世界の道徳や倫理観に準じてよくない、という自身の規範に照らして考えている。
情報、データの価値について考えれば極端に偏った表記は正しくないしまぎらわしく、デマや不快感や、何かしら不利益を与える可能性もある。

ところが「罪でないし罰せられないからやっても構わない」と考えている人間にとっては、個人的な利益が最優先。
現実での群れや周囲(社会、コミュニティ)での規範や思いやり・想像力や道徳・倫理感を軽んじるのだろう。

悪いと決まっていないなら悪くない。
罪だと決まっていないし罰がないから悪くない。
自己責任であれば何をやってもいい。
全て自己責任のマッチョで「自由」という名の責任のないセカイ。

「法律で決まってるわけでもない。他人がやってることに口出しをするな!」

と考えるのかも知れない。
あくまで想像だが。


まとめ

幼いころは自分のことしか見えない。
だから大声で泣き乳を求める。
成長し親を認識し、幼稚園や学校に行き他者を認識する。
成長に伴い、認識は自分だけの世界からから徐々に外へ広がる。
同時に想像力が養われる。
自分のことだけではなく親は何を思うのか、他人はどう思うか、集団ではどうか、社会的にはどうか。
子どもが電車の中で騒ぎ、大人が静かにしているのはだから当たり前のことなんだろう。

だが残念ながら、成長しても道徳観が欠如し想像力が未発達なまま身体だけが成長したひとは存在する。


どんな人間であれインターネットに繋がることは可能だろう。
道徳・倫理観が欠如していようが自己主張はできる。
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個人の利益のみを優先し、騒ぎわめき燃やし利益を得ようと必死で燃やす。
他人の公開データを臆面もなく盗み、スパムメールを送りつけ、ニセ情報をツイートし、誰かを煽り悦に入る。
それは論理ではなく、倫理でも道徳でもない個人主義
「自分がよければそれでいい。自分がいいんだから人もいい」
「オレはいいと思うのにお前がいいと考えないのが判らない」
「何を書こうがどんなタイトルをつけようが自由だし、引っかかる方が悪い」
「オレが書いていることを読めないのはお前に読解力がないから」
「ネタにマジレスwwwwwwww」

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どれだけ他人を不快にさせても罪の意識も感じず悪いとも思わないし責任も感じないのかも知れないと、それっぽくまとめつつ長ったらしい記事を終わろうと思う。
お疲れさまでした。
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