モラルハザード アウトブレイク・サバイヴ

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photo by Foomandoonian

ゴーストライターをDisってる純粋無垢で清廉潔白な気持ち悪いおっさんですこんにちは - 不動産屋のラノベ読み
読んだ。

著作者を偽ることによって読者にもメリットがある、と主張されています。具体的には「邪魔な著作者名がなくなる」というささいなことしか挙がっていないのが残念ですが、たぶん他にもいろいろすごいメリットがあるんでしょう、などとハードルを上げておきます。

 

そういうわけで。

反論したいと思います。

水に落ちた犬は打てと言われてもすでにボコボコ叩かれているし、後ろからゲバ棒を軽く(先端の角を)突き刺しときます。
だからって気持ち悪いオッサンではないですよ。
純真無垢じゃないし(ゲスゲス)。

リンクは
ゴーストライターなんて騙される方が悪い。聴覚障害者への同情で作品を評価していたのだとしたら差別主義者だ」
という記事に対する批判記事。
この辺りのことって
「何かしらのコンテンツやモノを売買や発表する際の提供側の責任」
という部分でもあるし、倫理観の有無でもある気がする。


いせえびとろぶすたー

食品偽装があって伊勢海老がロブスターだのいろいろあったけれど、あの時に
「別に伊勢海老でもロブスターでも変わらなくね?だって食えば一緒じゃん」
と考える人がいる。

では仮に
「メニューに伊勢海老と書いてあっても実際は伊勢海老を使わなくていい」
を社会ルールに適用したとしよう。
じゃあどこまでがオッケーでどこからがダメなんだろう。

まともに伊勢海老を出してる店が「ウチは本当に伊勢海老を出してるんです!」と言い、実際には伊勢海老を使ってない店がロブスターを「うちこそ本当に伊勢海老を使ってます」と言い、ザリガニを使ってる店が「いやいや、アイツらウソばっかりでウチこそが本当の伊勢海老を使ってるんです」と言う。
客が信じるか信じないかではない。

「材料に伊勢海老を使っているときメニューに伊勢海老と書いていい」

これを基準にしないなら何でもありのバーリトゥードな世界ですよ。
日本中が怪しい外国の露店状態。
表記と実際が違うのに誰も責任は取らない。騙されるやつが悪い。
身体に害がある?大丈夫、死なない死なない。
ニセモノを売りつけられた?
それはアナタが確認しないから悪い。
え?客が死んだ?
いやいや、食べる時は毒見してからじゃないとさー、責任なんて知らないよー。


真実を告げるより嘘をついて騙した方が世の為人の為になり、真実を告げられるより騙し続けてくれた方が幸せだ、という考え方には世の中の線引きの必要性や提供主の責任、騙される弱者への視点が入っていない。


付加価値の価値

伊勢海老の料理に一万円出す。
それは料理自体だけではなく「伊勢海老を使っている」パッケージ、物語に対しても対価を支払っている。
モノによってはそれはブランド名。
ヴィトンのバッグが高くても、それは商品自体の価値と「ヴィトンのバッグ」というブランド名や歴史や社会的認知などの付加価値に対しても対価を支払っている。だからその付加価値を認めない人は買わない。
付加価値は、伊勢海老という材料名だし、佐村河内守と言う製作者名でもある。詐欺が社会的に悪なのは「不当に実際にはない価値を付与して売りつけている」からだし「実際と付加価値の差」が大きく社会的に認められていないから詐欺に相当する。

現題社会は、信用と信頼がベース。
その基準がなければパッケージに何を書いて売っても騙したもの勝ち。
「詐欺は騙されるやつが悪い、価値を正当に評価できないやつが悪い」
「表記がウソで何が悪い。ウソだらけだしウソでいい」

それってマッチョだわー、世界ってマッチョだわー。
弱者に優しくないわー。


無意識の聴覚障害者Dis

誰かが、佐村河内守という「聴覚障害者のストーリー」を見下し買ったとしよう。
そのヒトはその佐村河内守の作品にくっ付いたストーリーも鑑みて評価し買ったんだろう。
「健常者が障害者を哀れんだ結果で売れたんだ」
「ストーリーに感動したやつは差別主義者だ!見下している!!」

……はぁ。
誰がどんなストーリーに感動しようが、差別しようがそれは買ったヤツの勝手だし、対価も支払ってるし誰かに言われる筋合いはないだろうけど。

聴覚障害者のストーリーに感動して曲を買うヤツが悪い!」と言うけど、その曲に「聴覚障害者のストーリー」をくっ付けて売ったヤツの責任はどこに行ってるのだろう?
提供側の売り出すコンテンツに「聴覚障害者のストーリー」も一緒にパッケージで売り出しているからこそ売れたというのに、そのパッケージで買ったやつは差別だと言う。
聴覚障害者のストーリー」無しの評価なら売り手がストーリーをつけなきゃいい(それこそ隠しとけ)。
差別される材料がくっついてるにも拘らず「障害者への差別だ!」と言うのは理解出来ない。
情報を出すか出さないかは、売り手発信だろうに。


オレは大丈夫だからお前も大丈夫だしみんな大丈夫

最近、「オレは大丈夫だから大丈夫だ」理論をよく見かける。
「電車の中で電話しても寝ても騒いでもオレは気にしないし賑やかな方がいい」とかね。
そういう「オレ基準」って現実で通用しないのに「世の中はなぜオレと基準が違うんだ?」と言っちゃう。
「理数はアタシにいらなかったから理数を教えるのは一部の人間だけでいい」
「アタシはブログの記事が釣りでも気にしないからみんなやればいい」

全部お前だけの話だろ、それは。

これらの視点には「責任」がない。
誰も責任を取らない、騙されたり迷惑を受けたり被害にあう側の視点がない。

「マッチョで情強なオレから言わせてもらえば…」
「被害がなきゃなんだっていいんじゃないの??」

はいはい、寝言は寝てから言おうねー。

……ゲバ棒の角で軽く突くだけなので、こんなもので。
まだ本調子じゃない(ホント疲れた)。
無責任の構造―モラル・ハザードへの知的戦略 (PHP新書 (141))