SFの魅力あふれる 飛 浩隆「象られた力」

象られた力
言葉は面白い。
リリンの生み出した文化の極み*1は、まず言葉だろう。

 



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突然ゲリラ豪雨が降りだしたとする。
しかし傘を持っていなかったためにずぶ濡れになってしまった、としよう。


少し前まで晴れていた空はいつの間にか薄暗い雲に覆われていた。
気づいた時には遅い。
なんの遮蔽物もない道の真ん中で、バケツをひっくり返したような雨が一気に降ってきた。
全身が数秒でずぶ濡れになる。
手に持った鞄を傘の代わりに頭の上に乗せる。
気休め程度だが少しでも雨を避け、近くのビルへ走った。
まったくついてない。


道歩いてたらもんのすごい勢いで雨が降ってきてよ。
近くに屋根とか全然ない道の真ん中でさ。
「どがががががががっ!!!!!!」って勢いでさ。
音がスゲーの。
テレビでやってる滝行みたいな感じ?
山伏が念仏唱えてくそ寒いのに水に打たれてる、あの気持ちが少しわかったわ。
傘持ってきてなかったんでとりまバッグを頭の上に乗っけてさ。
一瞬で全身がぐっしょぐしょになって、どっかで雨宿りしないといけないから猛ダッシュで走ってさ。
マジで最悪だったんだけど。


同じ状況でも言葉の選び方で印象は異なる。
情況・情景はほとんど同じ。
だが文字に置き換えるとき、何を選び取るかが異なれば元の情況・情景が変わる。
その感覚、印象、固さ、語り手への印象。
すべてが異なる。


コトバって面白い。

まるでブロック遊びみたい。

赤、青、白、みどり、きいろ。

いろんな色のブロックを積み上げるとみんな違う形を作ってる。

使うブロックは同じなのに。

コトバもおんなじ。


2005年 第26回日本SF大賞を受賞作。
飛 浩隆「象られた力」には4つの中、短編が収められている。
どれもこれも珠玉の一品。

語り手が出会う天才的なピアニストの生み出すこの世のものとは思えない楽曲。
文字では伝わらない音の感覚を言葉で表現する短編「デュオ」でやられた。
SFホラーとも読める作品を端正な筆致と耽美な感覚で描いて見せる。

一話目を読んだ時点で「まちがいなくこの本は面白い」と思った。

読後感も世界観も重い「デュオ」に続くのは、アクションを足せばラノベにもできそうな「呪界のほとり」
こちらは肩の上に龍を乗せ時空を行き来する主人公がとある星に迷いついてしまうところから始まる。
そこで出会う老人、そして謎の追手。

一話目と語り口が違う、感覚が違う。

連続ものの冒険活劇になりそうな短編の次は「夜と泥の」
テラフォーミング(惑星改造)された星のプログラムに仕込まれた「幽霊」の正体とは一体??

そして表題作の中編「象られた力」
文字に意味があるように、紋様に意味がある未来の世界。
主人公はその昔から伝わる紋様の系統に欠落した「見えない紋様」を探るよう依頼される。
こちらはトポロジー(位相幾何学)を思わせる概念的な抽象を具象化する試み。


恋愛ものや学園もの、日常を描く作品は今を生きる人間の姿やその感覚や感情を描くのには適している。
しかしSFは違う。
SFが描くのは想像の彼方。
日常を逸脱し、想像を広げ、この世界の成り立ちから日常にある目の前の事物や事象すら解体し再構築して見せる。
だからこそSFは面白い。
この「象られた力」には、そんなSFのSFらしい魅力が詰まっている。


竹本健治「匣の中の失楽」と言う作品がある。

匣の中の失楽 (講談社ノベルス)
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描かれているのは、物語が物語を否定する物語。
ウロボロスの(お互いの尾を食らいあう二匹の)蛇を連想させる。
同じ物語が物語を否定する、同じ存在が互いを否定しあう。
それは映像では描けない。
紙に書かれた文字による物語だからこそ描ける概念と抽象。
だから物語を読む。

「象られた力」で描かれる情景はどれも素晴らしい。
作家が脳内に描いた情景を言葉に置き換える(エンコードする)際にどの言葉を選び、それを描くかは作家よって異なる。
甘い、固い、柔らかい、汚い。
書かれた言葉には、物理的な存在がないのに、それを読むと感覚を感じる。
ただの単語の羅列。
しかし単語が繋がることでそこに意味や情景、感覚を持ち、それを読んだ(デコードする)人間にそれを与える。


言葉で描かれる世界には際限がない。
物理的制約を受けない。
遥か未来でも遠い過去でも、近所のコンビニでもホワイトハウスの執務室でも描きだせる。
「象られた力」で描こうとする物理的な「かたち」とその形に込められた「力」

これは“歌”の素材を引用したパスティーシュだ。はじめ、皆これで大笑いした。
そのあと見かわす顔は、どれもこれも苦笑いをたたえていた。われわれの「作品」だって、実は大差ないのだ。

象られた力/象られた力

「デュオ」で描かれる「音」。
「呪界のほとり」で描かれるのは「外世界」
「夜と泥の」では「感覚」と「存在」
そして「象られた力」では物理的な「かたち」と込められた「意味」が描かれる。

それら物理的には乖離しづらい、概念的で抽象的な存在も言葉であれば切り離すことができる。
描くことができる。
例えその物語が、パスティーシュであれ。

だから言葉は面白い。
だからSFは面白い。

「今さら何を言ってんだ?」って?
いやいや、再認識したんですよ。

象られた力
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*1:via渚カヲル