大槻ケンヂ「FOK46 突如40代でギター弾き語りを始めたらばの記」

FOK46  突如40代でギター弾き語りを始めたらばの記 (単行本)

「四十にして惑わず」とは言わずもがな孔子の言葉である。
間違っている。
40歳にしてわかったことは、40代は大いに悩むという厳然たる事実である。
しかも悩みの種類が中学二年生レベルというか、たとえば40年も生きてきたことによる生活に対しての万能感に対して、実際のところ生活の何もろくに出来ちゃいないと相反するいきどおりであったりとか、この先自分はどう生きていくべきなのだろう、どうなっちゃうんだろうという不安であったりとか、そもそも自分の人生はこれで正しかったのだろうか、との問いであったりする。
それどころか、本当の自分って何だろう?などと、これはもう中二病そのものの病理である。


80歳まで生きるとして、40歳で丁度折り返し、半分。
50歳で「100歳まで生きたとして」とは考えないからやはり40歳が折り返しとして考えやすいかも知れない。

ケイクスでの連載をまとめた一冊。
小説、と銘打っているがほぼエッセイの形態でそこここにフィクションが混ざっている、という感触。
オーケンのエッセイは概ね、のほほんとのんびり、変な人物・ものことなどについて書かれていることが多いが、この「FOK46」に書かれているのは40歳になったミュージシャンが新しくアコースティックギターを始める背景であったり、若いひとで溢れる貸しスタジオの廊下を独りでギターを担いで練習に通う中年の悲哀とか、そして40になって周辺で相次ぐ死の影について。

筋肉少女帯を聴くひとになら有名だろうが、オーケンは楽器が弾けない。
作曲などもしているが主にフレーズを聞かせて、そこから耳コピで起こしてもらうという手法をとってる。
そんな楽器を弾けないままミュージシャンとして活動し、40歳を超えたオーケンが突然アコギに目覚める。

ロックとは単なる音楽のジャンル。
でもロックとは生き様で、
ロックとは人生そのものだったりもする。

http://azanaerunawano5to4.hatenablog.com/entry/2013/04/11/091947

若いころは、好きなだけロックンロールと叫べるしそれが身に付く。
社会への反抗だ、大人は汚い、盗んだバイクで走りだすんだ、と。
しかしいつの間にか加齢には逆らえず、気づけばロックを叫んでいるのに自分は汚いと言われる側の大人になっていて、それでもロックを叫んでいる。
ロックと言うのはモラトリアムな概念だが、幾ら格好よくロックを叫ぼうがラーメンを食い、風呂に入り、いびきをかいて寝る。
歳をとればステージで暴れれば筋肉痛になり、湿布でも貼って寝るんだろうし、保険や年金を気にして貯金と老後も考え始める。
若いころはドラッグがどーこーいってたミックジャガーだって今やランニングしてる。
ロックと共に生きて、ロックと共に歳をとる。

そして40歳を越えたオーケンの周囲で友人が亡くなり、兄が亡くなる。

オーケンの今年の「グッドタイム」を一つあげるなら。やはり「ステーシーズ 少女再殺全談」の演劇化である。
 十数年前に僕が書いたゾンビものの小説が、末満健一さん演出、モーニング娘。主演で「ステーシーズ 少女再殺歌劇」としてミュージカルされその出来が素晴らしかったことは以前にも書いた。
(中略)
 逆に「バッドタイム」ということになれば、二つ歳上の実兄がウインドサーフィンの事故で亡くなるという身内の不幸が今年はあった。
 しかし、死を単にバッドなこととくくってしまっては、人の命のはかなさばかりが浮かび上がってしまう。
 きっと、不意の死にも、何らかのグッドな意味合いとのリンクがあるのだろうから、バッドタイムからは除外して考えるようにしようと、弟としては思う。

http://kindmoon.tumblr.com/post/37887191721

ひとはいつしか死ぬ。
それは当たり前の話。
しかし若いころはそれが遠くにあったのに、いつのまにか身近にそれが多くなり、だんだんとその事実が見えてくる。
自分も間違いなく、絶対に、いつしか、必ず、紛れもなく死ぬ、と。
人生の半分。
残り半分か、まだ半分か。
しかしその半分まで来た今、これまでが正しかったのか、これからはどうするのか。
人間は、いつ死んでもおかしくはないが次の瞬間に死ぬとは思っていない。
明日死ぬとも、来週死ぬとも思っていない。
でも死ぬ。
あと半分で死ぬし、実際友だちも死んでいる。
だからなにか残さなければならない。
自分が生きていた証をどん欲に。


大槻ケンヂがミュージシャンとして40になりアコースティックギターを始めた。
自身で「中二病」と書いているが、人生を「これからどうすればいいんだ」と考える10代の「中二病」と、人生の半ばを迎えて「これまではどうだったか、これからはどうすべきか」と考える40代の「中二病」は似たようなものなのかも知れない。
ただ40代の方が死が近くこれからは間違いなくすべてが衰えていくのだから不安が強い。
でもやりなおしは効かない。
多くの失敗と多くの恥とを積み重ねて死へと向かう。
終着点に向かうまでに、自分には果たして何ができるのか。
だから「なにかやらなければ」という漠然とした不安感に突き動かされるのかも知れない。

自分が死に、いなくなっても世界は回る。
誰かが死んでも世界は変わらず回っているのと同じく。
悲しいけれど。

人生と死について考えてしまう。
そんな少し笑えて、少し哀しいそんな一冊。

プライベート・アンプラグド
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