ネット若作り

2ch、発言小町、はてな、ヤフトピ ネット釣り師が人々をとりこにする手口はこんなに凄い (アスキー新書)
えー、毎度ばかばかしい小話を一席。

ネットってーのは回線の向こうにいる相手の顔なんて見えやしない。
なにせ誰もかれも恣意的なアイコンかその人の書く文章で判断するしかない。
現実世界では素晴らしく聡明でも文章がヘタなら「こいつ頭わりー」と思われるかもしれませんし、アイコンはスポンジボブでも現実では妙齢の美少年かも知れません。
女性のふりをしてみる方がいたり、ネットではイケメンの歌い手が実はブサメンでJK辺りをぱにょった(パコった)例など現実とネットのギャップは枚挙にいとまがないわけでございます。
先日、白クマのお医者さまが「ネットのアカウントも自分の歳に合わせてエージング(加齢)したほうがいい」「明らかに年下の相手をするときは年長として振舞うべきだ」みたいなことをおっしゃってたんですが、どうなんですかね。

ネットってのはそういう実際の実存と結びつかない「アバター」(アカウント)のセカイなんですよね。
性別、社会的地位、現住所、経験、そして年齢。
それらを強く出してる方々もいらっしゃいますし、そういう方はエージングなり威厳なりを「ビシッ」とお出しになられてもそれはそれでいいと思うのですけれども。

福岡出身の私が感じる「福岡の15のダメな点」 - Hagex-day info
福岡出身のhagex氏が出身地の福岡のことを書いたらツイッター
「大して知りもせず失礼なことです」
と書かれて(メンションされ)た、というお話。
出身地なのにヨソ者扱いされてしまったのだそうです。
「こんなつまんない記事書く人だったっけ?」と書いてる当人のブログ記事はどうなんだ?、という素直な感想もあるわけですが(薄~い…いや、なんでもないです)その辺は置いときます(関係ないので)。


ここをよく読んでいる一部の方ならご存知かもしれませんが関西弁を使うんですよ、このブログは。
なにせ産まれも育ちも京都なんですよ、えぇ。

都市部ですよ、盆地の中の碁盤の中ですよ。
アスファルトジャングルのシティボーイですよ。
子供のころは、京都御所でまったりしたり、デートでは鴨川縁に等間隔に座るアベックの中に紛れてみたり、京都府立体育館にプロレスを見に行ったり。
学校の帰り道では祇園祭の観光客に辟易しながら買い物したり、思いっきり地元っ子。

でも以前に
「エセ関西弁使いやがって。関西をバカにしてる」
とコメントされたことがありましてね、えぇ、今は東京にいますけどまだ関西弁ですからね。
それが「エセ」と言われてしまうわけですよ、ブログ…ネットでは。
そりゃあプロフィールに「京都出身!お漬物大好き!」とは書いてないですがね。

この「アバター」というものは自分がどんなイメージを与えるかによって変わってしまうわけです。
非常にマッチョで「悪羅悪羅悪羅悪羅!!!」という印象で嫌われがちなワタクシも実存は穏やかで釈迦のようなアルカイックスマイルをいつもうかべておりますからね、えぇ、生まれも育ちも京都の人間がエセと言われる関西弁を使いつつですよ。
アバター」はどう見られるのか、と同時に「どう見せるのか」でもあるわけですよね。
実存に近い印象を「アバター」に持たせたいのであればエージングなり威厳なりを持たせればよろしいし、そうでもなければ「メシッター」だろうが「ggrks」だろうがご自由に振舞い好きに見られるのもまたその個性だと思うのですよ。
実存であれば「おとなとしての規範」といったものも存在するのでしょうが「ネットでのおとなの規範」はそもそもないし、「ネットは若者がやるもの」というのが昔のイメージだったわけですから「ネットで高齢者はかくあるべき」というノウハウはあまり見られませんね。
今後はそれを謳う方々の中から出てくるのかもしれませんが。

現実世界でなら年齢に合わない格好で「友だち親子」だとか「美魔女」なんて方々もいらっしゃいますが、あれは確かに悲しいものがありますけど、でも本人が「加齢は嫌だ」「若く見られたい」と老いを拒否するならそれに抗えなくなるまで頑張っていただいてあとはエントロピーの法則にしたがって細胞も劣化していただければそれはそれでよいと思うのですよね。
若作りだろうがみっともなかろうがそれを選んだその方がそれでよいのであればそれはそれでよいのではないかと。

大槻ケンヂ氏の「40代、ロックミュージシャン」という本があるのですが

40代、職業・ロックミュージシャン 大人になってもドロップアウトし続けるためにキッチリ生きる、'80年代から爆走中、彼らに学ぶ「生きざま」の知恵 (アスキー新書)40代、職業・ロックミュージシャン 大人になってもドロップアウトし続けるためにキッチリ生きる、'80年代から爆走中、彼らに学ぶ「生きざま」の知恵 (アスキー新書)
大槻ケンヂ

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社会的にいえばロックをやって食えるのは一部でほとんどはバイトと掛け持ちの生活だったりするわけです。
おとなであれば「もう音楽はやめて就職しろ」「そろそろ結婚しなさい」と言われるのにそれでも音楽をあきらめずに生きてるわけです。
世間からすれば貧乏で明日をも知れない日々を送ってる「年取ったバンドマン」なんて絶対なりたくないと言われるかもしれないし、情けないとか負け組とか言われるんでしょう。
でも彼らはそれが幸せで、それが楽しくて、いくつになってもロックが好きで、あきらめるどころかもうロックがあるから生きてるわけですよ。
「年をとればそれなりにおとなになりなさい」
そういう意見は非常にまっとうですけど、でもつまらないですね、とても。
みっともなくてもいいんですよ。
おとなってなるものなのか、なってしまうものなのか、ならなきゃいけないものなのかはわかりませんけどね。
おとなになるために生きているのではなく、幸せになるために生きていて本人が幸せであるなら、どうしておとなであることを受け入れなければならないのでしょうね。

福岡市博多区から参りましたナンバーガールです。ドラムス アヒトイナザワ

NUMBER GIRL - OMOIDE IN MY HEAD (last live ...

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