今や情報が多様化し、新聞を読まなくなった

タブーの正体!: マスコミが「あのこと」に触れない理由 (ちくま新書)
若者の情報収集に欠けている「ある視点」 | 高城幸司の会社の歩き方 | 東洋経済オンライン | 新世代リーダーのためのビジネスサイト
電車に乗っていてウザいのは、DQNの会話とおっさんの加齢臭、そして新聞をバサバサ言わせる音。
あの「バサッ」という音を立て大判の紙をめくらないと次が読めない媒体、というのは実は電車に向いていない。
ただ「大判の紙に印刷して重ね、売店で販売する安価な媒体(ただし情報の即時性は高い)」という形態が定着したためにそれが電車で読む=当たり前、のようになってしまってるだけで満員電車の中で電子書籍やスマフォならまだしもあのバカでかい新聞をわざわざ小さく折りたたんで文庫本のようにして読んでる不自由さを感じてまでどうして読みたいのか、よくわからん。

新聞かネットか

それはともかく上記リンク記事で言うところの

当方が新入社員に気づいてほしかったのは

《仕事のために行う情報収集の方法は何とおりもある》

ということ。

たとえば、取引先と会話をするためには、新聞や雑誌を読むことも必要です。なぜなら相手が読んでいるから。相手のプラットフォーム(具体的には紙の)に合わせて情報収集しなければ、仕事が円滑に行えないかもしれないからです。もし、

取引先「昨日の新聞1面で、当社の広告が大きく出ていたのを見てくれたかな」

新入社員「いえ、ニュースはスマホでしか見ませんので……」

となってしまったら……。これは仕事における正しい情報収集といえるでしょうか? 

関係者と円滑に仕事を進めるために必要な情報収集のプラットフォームは何か?自分が調べやすいからスマホだけ……でなく、相手に合わせて行う発想を、新入社員には持ってもらえるように指導をしていきたいものです。

これを言い始めるのであればネットを苦手な「ぱずどら?なにそれ?美味しいの??」オッサン中堅社員がスマフォすら満足に操れずに取引先との会話で

取引先「昨日のハフィントンポストの特集記事で、当社の広告が大きく出ていたのを見てくれたかな」

新入社員「いえ、ニュースは新聞でしか見ませんので……」

となってしまったら……。これは仕事における正しい情報収集といえるでしょうか?
こちらの方がよほどあり得る。
もちろん業界にもよるだろうし旧態然としたパラダイムの支配率が強ければ記事リンク先のエライお方のいうこともまんざらハズレでもなかろうが。
営業、って世俗的というかそういう下世話な面が強い側面もあるから完全に否定もできないが(野球の話なぞ振られても知らん)。

偏り

若者が新聞を読まない理由と、現代の情報収集方法 - ぐるりみち。
新聞というメディアのデメリットとして価格、というものを挙げてるぐるりみち。さん。
他にもデメリットとして「偏向」があると思うのですよ。
あらゆるさまざまなメディアがあり、これまでならテレビや新聞、雑誌などの偏向報道があっても疑問もなく受け取られたり、あるいは一部の誰かが声をあげてもその声は広まることもなかった。
A新聞「○○は××だった」
Aテレビ「衝撃!○○の××という事実!!!」
A雑誌「業界激震!○○の××?!!」

ところがネットというものが普及し巨大なメディア媒体だけではなく草の根のように個人が情報の発信を行い始めた。
それは巨大なメディアの意見と必ずしも一致せず、独自解釈すら示し始めた。
A新聞「○○は××だった」
Aテレビ「衝撃!○○の××という事実!!!」
A雑誌「業界激震!○○の××?!!」
個人ブログ「○○の××という意見に操作したいマスコミと政府」
ツイッター「は?Aは偏向ひどいな RT」

確かにネットの情報は信頼度が低い。
ただ新聞やテレビ、雑誌の情報の中立度も必ずしも保証されていないし偏向が多い、ということも明らかになった。
確証もなく「革新的な細胞が発見された!すばらしい発見だ!!」と持ち上げ、それに疑問があるとなれば今度は「あの革新的発見はデマだった!?」「誰に責任があるのか?!」と言い出す。
お前らだよ、お前ら。

父親、社会人

一家団欒の朝食。
お母さんはエプロンして朝食を準備し、子供らはトーストをくわえ学校へ向かって走り出し、父親は新聞を広げる。
そんな「父親」と新聞はイメージが強く結びついていたし、大人の読み物としての地位を確立した。
ところが今や新聞は旧態然とした「かつてのマスメディア」の象徴になった。
連続した読み物としての側面が強い新聞は限られた紙面を埋めるべく、前回(前日)読んでいればわかることなど省略できる部分は省略する。
途中から読み始めるにはつらい報道媒体。

しかし難しくても昔はそれを読むことが「おとなになること」だし「社会人として」のステータスの一つになりえた。だから我慢して読む。なにせテレビは情報の速度は速いが内容が浅いし、雑誌は情報の密度は高いがレスポンスが遅い。
高レスポンスで情報密度が高い。
それが新聞だった。

今やもっと簡単に解らなければググり、ハイパーリンクをたどり、Wikipediaを参照できるネットのニュースが出現した。
さまざまな人の意見を参照でき、いろんな人に教えることもできる。
自分の意見を表明し「これは間違ってる」と大声で言える。

まとめ

新聞を堂々と読んでるオッサン、それに憧れを抱くには今の「父親・社会人」のイメージは落ちたように感じる。
できる社会人はSNSなどで情報を収集しEVERNOTEにストックする。
情報はフロー型こそが新しい。
よれよれのスーツで満員電車に揺られ新聞をばたつかせ、いやな顔をされ、会社について仕事もあまり出来ずに出世もほど遠い。上司に説教され、帰りは一杯ひっかけて帰るが家にも居場所がないから風呂に入って夫婦の会話もなく寝る。
憧れの父親、立派に一人立ちする社会人。
そのイメージと新聞が結び付くには、今の世界を走る情報は多様化しすぎた。
金がかかり、ネットより情報が遅く、偏向もあり得て、ハイパーリンクなど参照する情報への安易な手管もない。

もちろんオッサンらを相手にしなきゃいけない営業は野球だのゴルフだの、新聞を読み情報を収集し「できる営業マン」を目指せばいいだろうが、それは別に「新入社員には必須なのだ」なんて意見はかなり脳が硬化した意見だなぁ、と辟易してしまう。
そういうパラダイムに縛られたトップがいる会社ってこれから先どうなんでしょうね。
知らんけど。

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