空、猫、イヌ、オシャレなカフェのカプチーノ、そしてはてな

BRUTUS (ブルータス) 2014年 4/15号 [雑誌]
※cv よこざわけい子指定
主曰く、人はパンのみにて生きるにあらず。
されどまた曰く人民にパンと自由を*1。はてな民にブクマを。
たとえどのような状況下にあれ、人は生きる事から始めねばならず、パンがなければお菓子を食べればいいじゃないなどとのたまえば炎上どころか地獄の断頭台にて頸を刎ねられるのが必定必至なのは、自明の理。



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先日、はてなのニュース系アプリが公開されるというニュースがあった。

その名を「Presso」
誰もが、アプリに冠したその名を二度見したことだろう。
「はてブニュースとかホッテントラーとかじゃないの?!」
「し、シャレオツ……王様のブランチで紹介されそう…」

白地に青のカップが描かれたフラットデザインのアイコン。
もはや、そこにはゲスで黒いレトリックとメタポジションにマウントをとり、ブコメを使いアイデンティティ・クライシスを起こすまで真上から拳を振り下ろしボコ殴りにするグラップリング技術に長けた武闘派はてなの姿はなかった。
それはまるで、眠い目をこすりながらつけたテレビモニターに流れるワイドショーの、アプリ紹介コーナーで「今、チューモクのニュースアプリがこのPressoなんです!」とコンパではモテるだろうパッとしないミニスカの女性タレントが、口元に絶やすことなくうそ寒いアルカイックスマイルを浮かべながらこのアプリを紹介する幻覚すら見えかねない衝撃を覚えた。

カメラぶら下げて街歩いてるベレー帽斜めに被った女山ほどいてますやんか、特に下北とか。そんなヤツが撮ってるのなんて、空、猫、イヌ、オシャレなカフェのカプチーノ上から、絶対これです。あとちっちゃいサボテン。ブログにアップして

小籔 千豊

去年末、ひっそりとこんなニュースが流れた。
メンズファッションWEBマガジン『HOUYHNHNM(フイナム)』に、はてなブログが導入されました - はてな広報ブログ

はてなブログは、シンプルで使いやすい、最新のブログサービスです。書くことに集中しやすい編集画面を備え、TwitterやYouTube、Instagramなどの貼り付け機能、スマホ対応など、初心者でもブログを始めやすい機能を提供しています。はてなブックマークとの連携や、高いSEO性能から、ブログ初心者でもアクセスが集まりやすいブログサービスと評価されています。

今回、ファッション好きが集まるフイナム上でブログ機能を提供することで、ファッション好きな方々が集まって情報発信し、交流が生まれるきっかけとできればと考えております。日々のコーディネート写真の投稿や、ファッション関連ニュースやまとめなど、幅広くお使いいただければと思います。

※太字部 管理人注

「靴下を一週間変えてない」
「服屋?そんなモノがなくても生きていける。まず価値観を疑え」
「人間にとってのファッションの必要性を定義しろ」

などと口癖のようにのたまい外観など二の次の、理屈っぽくも基地外めいた方々が多く利用する既存のはてなの価値観をくつがえす、このネットのオシャレピープルが集うフィナムとのコラボレーションは「はてな村シティ化計画」への布石だったのだと今だからこそ解る。

もちろん過去に何度も運営は、イメージ戦略を画策した。
戦術兵器として実戦投入されたB!KUMAガールズは、何度もカスタマイズされ局地戦にて一定効果を挙げたが全体への変革にまでは至らなかった。
押し寄せるブクマスパムとの戦いの中、果敢に行ったオシャレ化への戦略戦術の悉くが潰えても、しかし諦めることのなく放ち生き残ったいくつかの布石。

はてなとは修羅の国ではない。
愚かしい新人ブロガーを柱に縛り付け火をつける行為は、はてなの目指す先ではないのだ、と。
オシャレ化に必要なのはアプリではなくイメージなのだ、と。
価値を決めるのは実質ではなくあくまでもテクスチャとして貼り付けるイメージこそが本質なのだ、と。

大動脈である「はてなブックマークトップページ」へ「はてな女子」を掲げることで男性主体だったはてなへ、女性のブログ参入を促進し、更には「はてなへご招待」の名目で囲い込んだ女性ブロガーの中から数人をはてなへ呼ぶ。
「こんなヘルシーな社食なんですよ」
「こじゃれた建物でしょ、はてなって…ウフフ」

招待された女性らによる記事によってはてなの新たなるイメージを作り上げ、某若手女性ブロガーをキャラクター化して記事に登場させることで
「ちょっとおしゃれでちょっと面白くちょっとヘンな、それがはてな」
そんなイメージを広める広告塔として機能させる。
「はてな女子とはちきりんではない」と形而下に送り込まれる暗喩のメッセージ。
意識が高いのではない。
オシャレなのだ、と。

「はてなはいいよね、リリンの発明した最高の文化だ」


はてなの村はミスキャストでいっぱい。
気づけば、いつの間にか世代交代が行われたはてなの村には、女性の比率が増えオシャレなカフェや新興のブログが立ち並ぶ。
そこにはダイアリーで殴り合いidコールでメタブタワーを建て「今からそっちのマンション行きますわ」にまで至った戦争の記憶は埋め固められ、生き残る口うるさくも理屈っぽい旧来的なブログの住人は過去を懐かしむ記事を投下し己の老いをつぶやき「ネットで年をとるということ」などと自家中毒に自己言及をするウロボロスの蛇を描く。
そしてイケてると自負する若手ブロガーからは、老害と呼ばれ忘れ去られ多くが失われる。

かつて「限界集落はてな村」と呼ばれた場所。
もはやそこは村とは呼べない。
その姿が中身の伴わない虚飾であれそれを街と呼べば、それは街なのだ。

街は人であり人が変われば街も変わる。
たとえ虚構であれ、そこに人が集い何かしらを残すのであればそれは変化を余儀なくされるのだろう。
もちろん打ち手を損じれば上っ面のテクスチャが剥がれ廃墟にもなりえる。
「一寸先は闇」
それこそがアカシックレコードに刻まれ続けけるネットの真理なのだから。

はてなの、次の一手に注目したい。

それにしても奇妙な街だなここは。あいつの過去をおっかけてるうちに、何かこう時の流れに取り残されたような、そんな気分になっちまって。ついこの間まで見慣れてた風景があっちで朽ち果てこっちで廃墟になり、ちょっと目を離すときれいさっぱり消えちまってる。それにどんな意味があるのか考えるよりも速くだ
ここじゃ過去なんてものには一文の値打ちもないのかも知れんな。
俺たちがこうして話してるこの場所だって、ちょっと前までは海だったんだぜ。それが数年後には、目の前のこの海に巨大な街がうまれる。でもそれだってあっという間に、一文の値打ちもない過去になるに決まってるんだ。たちのわるい冗談につきあってるようなもんさ。帆場の見せたかったものって、そういうことなのかも知れんな
我々はどこへ行くのか、我々は何者なのか

PATLABOR THE MOVIE

*1:via.特車二課壊滅す!