パトレイバー、警察と正義と押井守

THE NEXT GENERATION パトレイバー/第1章 [Blu-ray]
今日は昨夜の湯浅版「ピンポン」が面白かったからそこから松本大洋の「天才の孤高と孤独」の話にしようと画策してたのにこういう記事が目に入ってですね。
ゆうきまさみと押井守の違い「正義の味方と風邪薬」
THE NEXT GENERATION パトレイバー -第1章-: Ash the 2nd Sight
ひとつは押井守版パトとゆうきまさみ版パトでの正義の違い。
ひとつは新作実写版の話。

「正義の違い」なんざ押井に関しては脚本 伊藤和典の影響のあるパトじゃなく純・押井守イズムが横溢する「紅い眼鏡」あたりで比較すればもっとわかりやすいのになぜそこを持ってくるのかね、とか思ったりもするんだけれども。
だってパトレイバーは「未来放浪ガルディーン」の企画からメディアミックス展開を考えてたってのにそこに押井...という話は後。

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一応、書いておくと押井マンセーではない。
天使の卵」とか退屈だと思ってる。
※ここから結構長い







押井守とエンターテイメント

1989年公開された劇場用アニメ「パトレイバー THE MOVIE」は、天才プログラマー帆場英一が作った革新的なOS「HOS」が未来の工業用二足歩行型機械「レイバー」のOSとして採用されるも、実はHOSにはウイルスが仕込まれており、一定条件下でレイバーが暴走するようにプログラムされていた。
そこで主人公らはその暴走を食い止めるべく奔走する、という物語。

この作品の最後、崩壊した海上プラットフォーム「方舟」の上で野明の98式イングラムとHOSに支配されたレイバー零式が一騎打ちする。
この一連の場面を伊藤和典が強く推した、という話は有名だと思う。

押井:
ああいうのは劇場版『パトレイバー』の一本目と一緒だよ。
泉野明がショットガンで零式の活動を停止して、ひっくり返ってハアハア汗流して、真っ青な空が見える。本来はあそこで終わるべきものだもん。
当初はあそこで終わってたんだけど強硬にやれって言われたからやったんだよ。
伊藤(和典)くんに「お願いだからこうして」って言われてさ。
本来はね、松井刑事がデータベース化から抹消したはずだった帆場瑛一の戸籍台帳を偶然手に入れて、その所在地を訪ねて行ったら墓場だったというさ。
その墓を見ると帆場瑛一は6歳だか7歳で死んでいる。墓碑にそう書いてあるんだよ。
「じゃああの帆場は何者だったんだ?」っていう結論を投げ出す形で終わる予定だったの。
(中略)
ーーあの捜査の終着点は、確かに映画の中では、ないままですもんね。
押井:うん。あれだけ背景を歩いて行き着く先がすでに不在だったというさ。
いない男を追いかけてた。これはなかなかいい思いつきだと思ったんだよね。
だけど伊藤くんが「お願いだからやめてくれ」って。
「それはエンターテインメントの枠を壊す行為だ。アンタの監督人生、これで終わっていいのか?」ってさ。
でも、次に映画を作れるかどうかわかったもんじゃないんだもん。
俺は基本的にやれることは全部その場でやる主義だから。
ーーまあ、ある意味ヨーロッパ映画的というか、アニメのエンターテインメントではなくなりますよね。
押井:「それを踏み越えちゃうからやめてくれ」というさ。あの男もバカじゃないからね、それがどういうことなのかすぐわかったわけ。でもあの最後の野明が瓦礫の下から這い出してきた連中と再会して、遊馬が野明を抱き上げてくるくる回ったりとかまるでジブリアニメみたいじゃない(笑)
俺コンテ切ってて恥ずかしかったから。「なんでこんなことやらなきゃいけないんだ!」ってさ。
そもそもが零式と戦うなんてこと自体が無意味なんだからさ。
方舟が沈んだところであの映画は終わるべきなんだもん。
というか物語は終わってるの。あとは映画としていかに終えるかという、それがテーマにあるだけだよ。
その限りで言えば零式と戦ってもいいんだけど、だったら零式が止まったところで終わるべきであってさ、それなのになんで全員で勢揃いして「やったやった!」で大喜びして抱き上げてくるくる回らなきゃいけないんだよ。しかもご丁寧にヘリのお迎えまで見えてさ。
ーーまあ、サービスですからそれも(笑)。
押井:初号で見てつくづく思った。「あ、ヤバいことやっちゃった」って。
だから『パト2』のときは誰の言うこともいっさい聞かないことに決めた

【第9回】「解禁/押井守が『009 RE:CYBORG』を語る(4)」

HOSが帆場の「悪意」であり「敵」なわけで、それを媒介するレイバーと方舟はあくまでも仮の敵でしかなく本当の悪意の元凶は冒頭で死んでいる(ように見える)。
拳を振り上げてもその振り下ろす先のない虚構の犯罪。
それがパトレイバー1で、だから押井守は「松井刑事が帆場の墓を見つけて正体がなかったというところで終わる」というオチを考えた。

ところがこれはエンタメとしては収束しきれてない。
エンタメであればたとえ媒介者であれ明確な「敵」とそれに打ち勝つ「主人公」が必要になる。
「方舟」をパージさせるために屋上で野明は「方舟に向けて→HOSに向けて」銃を打ち込む。
あれは物理的に形のないプログラムHOSを敵の代替えとして具象化した。
最後の98式vs零式にしろあれを放置して逃げても問題はない。なにせ暴走のキーとなる方舟は無く、零式だけなら放置しておけばエネルギーは切れるし海の上だから被害が広まることもない。逃げるという手もあるんだけれど98式を使って戦う。
あの場面で野明は零式が動けない間に脊髄の位置をショットガンで撃つ。
あれって方舟のパージと同じことをもう一回やってるんですよね。HOSという物理的に形のないプログラムを零式という明確な敵に置き換えてそれを撃つ。
そしてみんなで喜んで大団円。
押井守がいうところのジブリアニメみたいなベタなわけだ。



あれはやっぱり宮崎さんの流れで来た話なの?
「そうだよ。宮さんの紹介だった。『あんたルパンやんない?』って(東京)ムービーのプロデューサーから。
宮さんから、あんたがやってとどめ刺してよ』って話だったの。興味あったし、見事にルパンを終わらしてみせようと思ったわけ。
あれもね『うる星』と同じで、当時から終わんない予感がしてたからね。実際今でも終わってないけれど。
だから気持ちがよくわかったの。これ以上見るに耐えないっていうか、死人を踊らせるに等しいのは見るに耐えないってのは」

  • ふーん。

(中略)

  • どういう好き放題やろうとしてたの、押井さん(笑)?

「や、今となっては言ってもしょうがないんだけどさあ…。要はルパンなんかいなかったんだって話。
みんなが寄ってたかってルパンって幻想作ってただけだっていう話になる予定だった。
それにイスラエルとか絡めて、東京で戦争起こすっていう仕掛けだった。
で、ついでにルパンも次元も五エ門も、実はそんな奴いなかったと。『あそこを通る通行人も警官も、
電車で居眠りしてるオヤジも、みんなルパンじゃないか? だってルパンて変装の名人だから』
って感じだった。そしたら全然わけわからんて言われて、あっさり轟沈しちゃったの(笑)」

  • ははははは

幻の「押井守版・ルパン三世」(押井ルパン資料1)

これも有名な話だけれど押井守版ルパンの話があったときに「ルパンはいなかった」をやろうとして企画がポシャった。
そりゃあ会社側は「エンターテイメントアニメ ルパン三世」を期待してる。
走り回り銃を撃ち、怪盗ルパンがお宝を盗む痛快なアクション映画。

それを踏まえて押井守映画を観ての感想が「クソつまんなかった」のだそうだ。

 ……実写の押井守に、そんなの期待するだけ無駄だったよ。
 はっきり書きます。「パトレイバーのバトルシーン」とちゃんと呼べる部分は、ゼロです。一秒もありません。信じられないと思いますが、これをツカミの第一章でやってしまったのです。唖然呆然、「金返せ」「二度と来るか」以外の感想を持てという方が難しいです。

なんかさ。
カレーが1辛から10辛まで置いてあって「6辛以上は5辛を食べたことのある人だけ」と書いてあって、なのにいきなり10辛を食べて「なんだこのカレー!?辛いじゃないか!!!」って文句言ってるようにしか思えない。
見る目がどーこー以前に。
パトレイバー」というキャラクター活劇を期待して押井守映画を見に行けばこんな感想になるんでしょう。
でも例えばパトレイバーにしろテレビシリーズの「特車二課壊滅す!」「ダンジョン再び」「火の七日間」なんていう活劇とは程遠い作品も多い。
それもまたパトレイバーという「大まかな世界観は決まっていて、さまざまな切り口で描かれる」作品の特色。
そもそもパトレイバーというもののキャラクターは既に死んでる。
だから三代目、ということにして延命処置を図って撮ったのが今作でしょう。

パトレイバーは観たことないし知らん、押井守ってのも知らない。
それでも観に行った→ひどい。退屈

ならまだわかるけども。
なんか間違ってるかね、この感触は。
「エンターテイメントでなければならない」
だったら押井守観にいっちゃダメだろ。

正義の意味は?

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さて、で、増田の「ゆうきまさみ押井守の正義の違い」ですか。
こちらもパトレイバーの企画段階の話にまず戻りまして

ゆうきはこの「バイドール」に、舞台が第二次関東大震災により半分が壊滅した東京となるなどの変更を加え、知り合ったばかりの出渕裕に見せた。出渕はこの企画を気に入り、テレビアニメ化実現に向けて動き出した。出渕はSF作家である火浦功に協力を求め、タイトルも『機動警察パトレイバー』となった。この頃のパトレイバーには、特車二課が存在せず町の警察署にパトレイバーが配備される、主人公の名前が「速見翼」であるなど現在のパトレイバーとはかなり異なっていた。この企画は、買い取りを前提に製作プロダクションに持ち込まれたが却下され、宙に浮いてしまう。また、この後火浦は多忙になりパトレイバーの企画からは抜けることとなった。この時一緒にダミー企画として持ち込んだのが、後の『未来放浪ガルディーン』である。
1986年(昭和61年)、ゆうきは出渕から伊藤和典を紹介され、出渕は伊藤にパトレイバーの話を持ちかけた。伊藤は『テクノポリス21C』を連想したことと「ブッちゃん(出渕)のプレゼンテーションが下手だった」ことであまり良い印象を受けなかったが、「『ポリスアカデミー』のようなノリで」やることを出渕に相談し、ゆうき、出渕、伊藤の三人で再度設定を煮詰めることとなり、コンセプトは「焼き魚志向の生活アニメ」とした。同年秋には高田明美がキャラクター・デザイナーとして参加した。これは、ゆうきによれば「名もない漫画家がしゃしゃり出てアニメ作るよりも、キャリア(業界の信用)のある人をキャラデザインに立てたほうが良いと思った」ことと、「メカ・アニメのキャラデザインを女の人がやるのって初めてだろうし、ストレートに自分の絵がアニメになるのって面白くもなんともないよね。俺、パトレイバーを作りたいんじゃなくて、見たいんだもん」という理由による起用であった。
(中略)
この頃参加したのが押井守であり、「ヘッドギア」のメンバーが出揃うこととなった。押井はメカデザインに「風呂釜のような作業機械に手足」という案を出したが、ゆうきは初期の段階から「目の前に立ちふさがる巨人の影に思わずブレーキを踏んでしまう」ような「あからさまな人型シルエット」をイメージしており、却下された。しかし、最終的には初代パトレイバーとして作中に共存することとなった。

機動警察パトレイバー - Wikipedia

確かこの当時の企画対談を読んだ記憶があるんだけれども、ロボットアニメというのは「正義vs悪」なわけです。
ところが現実世界の正義は警察だけれど、警察の正義ってのは社会システムの中の犯罪に対しての正義であって世界を滅ぼすような「悪」に対しての正義じゃない。
でもあえてそういう「正義の警察」というその時点で過去の遺物になっていた(西部警察太陽にほえろ)テーマをとりあげ、だから「フロントにデカデカと桜の代紋を掲げたダサかっこいいロボット」になったわけですね。
正義だぜ、格好いいぜ、じゃなくて「今さら正義」だったんすね。
無条件に正義を信じられた時代はすでに過去だった。

で、そういう大枠で決まった中でそれぞれが物語を描く「パトレイバー」という作品において上のゆうきまさみ氏のツイートにあるように同じパトレイバーでも劇場版1作目はヘッドギアとして作ったけれど、二作目は押井守(with伊藤和典)として作ってる。
だから「正義」と一概に言ってもそれは全体を貫くテーマじゃないんですよね。
だって1作目の主人公らは「正義」をもって活躍するけど明確な敵は存在しない。
2作目においてのメインは、主人公の野明や遊馬ではなく「後藤」「南雲」ですよね。
後藤の正義は「テロ」というものに対する公安的な正義だけれど、南雲には私情が入る。
そして柘植の行為は思想的な犯罪→テロリズムだけれどそれは虚構の戦争を東京に描こうとする強引なアジテーション(パフォーマンス)なんですよね。別に市民を脅したり兵士で占拠したりしない。それは「二課の一番長い日」でやった。

このように、ゆうきまさみ押井守は同じ題材、同じキャラクターを扱いながらも、まったく違った切り方を見せていると思います。

んー、同じキャラクターを描いてはいるけど、物語として同じ題材や構造をもって描いてるか、と言うと違うと思う。
押井守にとっての敵は常に明確じゃない。
1作目のHOSは悪だけれど人ではない。
何をやってるかと言えばHOSの暴走のトリガーとなる方舟を壊してるだけ。
それって警察の仕事じゃない。
台風が来てなければウイルスを駆逐するだけだからそれはプログラマーの仕事になる。
でも台風が来て間に合わないから急きょ方舟を壊す。劇中でも「俺たちが犯罪者に~」というセリフが出てくる。
2作目ではテロリストが戦争を仕掛けてくる。
ところがそれも公安とか自衛隊の仕事なわけだ。

ゆうきまさみは「仕事をする一社会人としての警察官」を描いており、
押井守は「一社会人を超越した正義の味方としての警察官」を描いているといえるでしょう。
この、一社会人としての警察官という題材は、後の鉄腕バーディーにも引き継がれていく、ゆうきまさみの大きなテーマとなっていきます。

んーと。
だから押井守はあくまでも「帆場英一の犯罪行為に対する正義」を描いていてそれは警察じゃない。
「相棒」にしろそうですけど杉下右京は「正義」なんですよね。
でも警察は組織であって、社会を安定させるシステムであって、独断専行する杉下の正義とは相いれない。
だから冷や飯を食わされる。
だから杉下は警察官ではなく探偵に近いし紅茶を飲み、独自に行動し誰にも縛られずに自身の「正義」を遂行する。

後藤だって「カミソリ後藤」だったのにキレ過ぎたせいで特車二課に飛ばされ昼行燈に落ちる。

だから言ってたろ、天災ならしょうがないって。やっちまった後で帆場の犯罪を立証できればよし、できなかった場合は台風による災害としておとぼけを決め込む。ばれたらばれたで課長に詰め腹を切らせるってこと。あの狸親父

パトレイバーTHEMOVIE

組織としての「警察」はお役所的に「誰が責任をとるか」に終始する。
独立部隊の特車二課は、そんな警察組織の中にあって正義をやってるから浮き上がる。

南雲:本当にいいの?今ならまだ呼び戻せるわよ。作戦が成功したとしても帆場の犯罪を証明できなかったら
後藤:そのときは俺たちが犯罪者さ。ただし何もせず手をこまねいていて被害が現実のものとなってしまったら、やっぱり俺たちは犯罪者だ。どっちがいい
それに俺たちにゃもともと選択の余地なんて残されちゃいないのさ。もし失敗するようなことがあれば湾岸一帯は壊滅、被害がどこまで広がるか見当もつかん。しかし成功したとしても、バビロンプロジェクトは方舟を失って大きく後退することになる。どっちに転んでも分のない勝負さ。もしかしたらあいつが飛び降りたとき、すでに本当の勝負はついていたのかもしれん。そうは思わないか
南雲:それでもやるの
後藤:警官にゃ不向きな性格だな。いつも割りくわせちまってすまないと思ってるよ

パトレイバーTHEMOVIE

警察は会議室で揉めていて後藤はだから「遅すぎたと言っているんだ!」とブチ切れる。
後藤個人は正義だけれど警察は正義じゃない。
「正義の後藤」が使える駒は警察組織にはいなくって唯一「特車二課の部下」なんですよね。

まともでない役人には2種類の人間しかいないんだ。悪党か正義の味方だ
(中略)
結局俺には、連中だけか

パトレイバー2THEMOVIE

押井守が描いたのは「社会人を超越した正義の味方としての警察官」というよりもまず「正義の味方の後藤」なんすよね。
それが警察官だった、と。
ひるがえってゆうきまさみ氏のパトレイバーの主人公は野明なんですよね。
少年マンガとしての明確な「正義」。

物語としてゆうきまさみ版は「泉野明と仲間」
押井守版は1作目は「後藤と特車二課、そして松井」
2作目は「南雲、後藤とその部下」
でもそこに「警察官という職に対する意識の違い」って盛り込まれてるかな?
わからんけど。

首謀者を逮捕するのは南雲さんだよ。

我地に平和を与えんために来たと思うなかれ。我汝等に告ぐ、然らず、むしろ争いなり。今から後一家に5人あらば3人は2人に、2人は3人に分かれて争わん。父は子に、子は父に、母は娘に、娘は母に

パトレイバー2 THE MOVIE